第18話 第四章 里へ向かう旅路 行商達

城壁の上に立った時、シャルの目の前に最初に飛び込んできたものは、白目をむいて倒れている兵士だった。恐らく王宮に入ってきた際にチェナが「眠らせた」見張りだろう。

(俺も山で絞め落とされた時、こんな顔になっていたんだろうか…)

そんなことを考えていると、壁の陰に隠れていたチェナが出てきた。

「ちょっと、遅いじゃない」

「悪い、ちょっとね。でももう大丈夫」

少し怪訝そうな顔をしたチェナだったが、あまりおちおちしていられない状況のためそれ以上言及は無かった。垂らしていた縄を回収すると、二人は自分達が登ってきた城壁の反対側、つまり堀に面した側に移動した。そこには眼下の暗い堀に向かってもう一本、今度は鉤が付いた縄が垂れていた。

「これで降りるっていうの?」

「そうよ。ここからじゃ暗くてよく見えないけど、この縄の下には小舟が浮かんでいるわ。それで堀を渡るの」

東ノ国の堀は海と繋がっており、東街道に沿うように作られた人口の川が王宮を囲う堀と大港が面する海とを結んでおり、王宮へ送られる品はこの川と堀を使って直接王宮に届けられるようになっている。加えて、この堀と川は物流及び人が移動する際の水道としても一役買っており、日中は活発に小舟が行き来している。チェナはそんな小舟の一つを拝借して堀まで漕ぎつけたのだ。普段は監視の為に夜間でも兵士が乗る小舟が数隻巡回しているのだが、幸い今夜はチェナが推測した通り、王宮内部の警備に兵が多く割かれていたため巡回が少なく、城壁の真下にたどり着くことが出来たようだ。

「私が先に降りるから、シャルは後に続いて」

チェナはそうシャルに促すと彼の返答を待たずに縄を掴み、するすると城壁を降りて壁の下の暗闇に消えていってしまった。しかし少しすると真下から微かにポチャンッという音が聞こえた。目視では確認出来ないが、どうやら留めてある小舟にたどり着いたようだった。その音を合図にシャルも縄に体重を預け、静かに城壁を降り始める。下に降りれば降りる程、真下から漂って来る磯臭さが強くなってゆく。そして、やがてシャルの下に暗い水の上に浮かぶ小舟が現れた。チェナは既に船尾に立ち、櫂を握って何時でも小舟を動かせるように準備している。シャルが慎重に小舟に足を下したことを確認したチャナは

「乗ったわね。それじゃ、行くわよ」

と短く告げ、垂れた縄をそのままに城壁を離れ始める。

「ちょっと!縄を放っておくのは不味いんじゃないか!?」

シャルは櫂を動かすチェナに小声でそう話しかける。しかしチェナは

「上に誰もいないのにどう回収するって言うのよ。それに私達が忍び込んだってことそのものがばれなければ縄が見つかったって別に何ともないわよ」

と冷静に答える。そういう訳で二人は堀を慎重に進み、五分程で城壁の反対側にある船着き場の一つにたどり着いた。舟というものに初めて乗るシャルだったが、水を切って揺れながら進む独特の感覚を楽しむ暇等は勿論無かった。船着き場に着いた二人は小舟を結び付けるとそそくさとその場を離れ、再び東街道に出た。夜のとばりが下りた東街道は昼間の活気は既になく、一部の酒場を除いてほぼ全ての家屋の明かりは落ちている。またこういう酒場では普段なら酔っ払い同士の喧嘩や大騒ぎする声が時折漏れてくるが、今日に至ってはそんなことはなかった。

「昼間の賑やかさが嘘みたいだ…」

「昼間の御触れのせいね。普段ならこの辺は夜でも行商や用心棒達の宴でそれなりに賑やかなんだけど」

シャルの横を歩くチェナが静かに彼の疑問に答える。

「御触れ?」

「そう。ケハノ村が襲撃を受けたことで東ノ国は当面の間ケハノ村への立ち入りと新道の使用を禁じたの。そのおかげで山越えを予定していた沢山の行商が意気消沈してしまって。ここが今日静かなのもそれが理由よ」

「でも、それじゃ昼間雇ってもらった行商達は…」

「大丈夫。旧道なら問題なく使えるから、私達を雇ってくれた人達は予定通り山越えをするみたいだわ。でも、これでケハノ村が襲われたっていうことが本当にはっきりしたわね。わざわざ皇帝が封鎖を命じるくらいだもの、嘘な訳ない。それにかえって助かったわ、どの道私は新道を使えないから」

チェナのその言葉に、シャルはこれまでの目まぐるしい出来事の中でつい忘れてしまっていた一つの疑問を思い出した。

「チェナ。一つ気になっていたことがあるんだけど、チェナは俺を山で拾った時に西ノ国からの山越えをしてきたんだよね?」

「えぇ、そうよ」

「あの日の夜に山を歩いていて、村の襲撃を知らないっていうことは、チェナは村が跨っている新道じゃなくて、旧道を歩いていたってことだよね?けどそれは何故?」

新道が完成してからというもの、これまで使われていた旧道を使う行商や旅人は激減した。それは新道のほうがより整備され安全な山越えが出来ることはさることながら、旅の疲れを癒すことの出来るケハノ村の存在が大きかったためである。そのため新道を使わずにわざわざ旧道を通っていたチェナの行動にキオは疑問を持ったのだ。これを問われた時、チェナの顔には躊躇いの色が浮かんだ。どうやらチェナはまだシャルに隠していることがあるようだ。

「…さっきシャルが王宮に走っていった時に、私は『村の人達に会ってはいけない』って叫んだわよね?」

「えっと、そんなこと言っていたっけ?ごめん、夢中になっていて分からなかった」

この警告が本当は聞こえていたが、シャルはあえて聞こえていなかったふりをした。

「まぁ、あんだけ夢中になっていれば仕方ないか。けど、本当だったら私は力づくでもあの場でシャルを止めるべきだったの」

「けどそれは何故?」

チェナは一度何かを言いかけたが、その言葉を一度飲み込み、しばらくの間迷いの色を顔に浮かばせていたが、やがてもったいぶった様子でまた言葉を繋いだ。

「本当はね、私達地導使いは決してケハノ村に近づいてはいけないし、その村人に出会ってはいけないからよ」

「…え」

シャルはこれまでのムイじいさんやチェナの言葉から、なんとなく里と村には自分が知らない関係があることには感づいていた。しかし、その上でも、彼女から飛び出した発言には動揺せざるを得なかった。

「ば、馬鹿なこと言わないでくれよ…。もし地導使いがケハノの人間に近づいちゃいけないなら、チェナはなんで今でも俺と一緒にいるんだ?それにそんな教えが里にあるなら、猶更俺が地導使いになれた理由が分からない…」

彼女の言うことが本当ならチェナは決して出会ってはならない人間と行動を共に取っていることになるし、何故地導使いが決して出会ってはならない人間がその力に選ばれるのか。これまでの出来事に多くの矛盾が生まれることになったシャルの頭に再び多量のはてなが浮かび、彼はついチェナが冗談を言っているのだと思った。しかし、チェナは決して冗談などを言っているようには見えなかった。

「いいえ、これは決して馬鹿なことではなく本当のことよ。私達はケハノ村に絶対に近づいてはならない。小さい頃から教えられている里でも最も重要な教えの一つなの」

「でも…だったら…」

ここ数日間で何度戸惑ったか分からないシャルを、チャナは静かに宥める。

「落ち着いて。申し訳ないけど今はこれ以上何も話せない。けど地導の里とあなたの村にはあなたの知らない、いえ、決して知ってはいけない歴史があるの。あなたがこの道を選んだ以上、里に着いたら必ず全てを話すわ。だから、今はどうかこらえて」

そう短く告げたチェナは、固く口を結ぶと既に早い足取りを更に早めた。その速度に遅れないよう、シャルも慌てて彼女と足並みを合わせる。

(どうやら、本当に戻れない道に俺は足を踏み入れたみたいだ…)



「おう嬢ちゃん。坊ちゃんを連れて戻ったみたいだな。全く、急に血相変えて走り出すもんだからびっくりしたぜ。坊ちゃんよ、村の友人は無事だったか?」

チェナと共に戻って来たキオを、行商達は特に不審がる様子もなく迎えてくれた。どうやらシャルが王宮に走り去っていった際にチェナが「ケハノ村に友人がいるから心配で居ても立っても居られなくなった」と話してくれていたらしい。

「はい、友人は無事でした。それよりも、先程は急に居なくなったりして申し訳ありませんでした」

気前よく話しかけてくれたはげの行商に、シャルは頭を下げる。いくら無我夢中になっていたとはいえ、彼の行いは戦えない彼を雑用としてでも雇ってくれた行商達の信頼を損ねかねない行為だ。

「まぁ顔を上げな坊ちゃん、別に俺達は気にしちゃいねぇさ。これからの旅路で仕事をしてくれりゃ何も問題ねぇよ。それに、ヤイノの言葉を聞いた途端に動き出しちまったその気概、俺は嫌いじゃねぇぜ」

行商はしかし、シャルの行動を咎めることは無く、荷車から降りるとシャルの前に立ちその腕を差し出した。顔を上げた彼の目に入ってきた行商のごつごつとした右腕は、かつての自分の頭を良く撫でてくれた父親の面影を感じさせるものであった。

「俺の名前はゴウだ。改めてよろしく頼むぜ、坊ちゃん」

シャルは差し出された手を握り、ゴウと握手を交わす。

「ありがとうございます!シャルと言います。こちらこそよろしくお願いします!」

「おうよ。それじゃあこれからは坊ちゃんじゃなくてシャルって呼ばせてもらうぜ」

ゴウは昼間に見せた笑顔を浮かべると

「ほれ、お前らも自己紹介だ」

と背後の仲間達に話しかけた。その声に応じて、先程から小さく動いていた三つの人影がゴウと同じように荷車の上から降りて来る。

「よう坊主、待ってたぜ。俺はムツイだ、よろしくな。お前の姉ちゃんと違ってお前は雑用担当だからな、しっかり使い倒してやるから覚悟しておけよ」

ムツイと名乗った背の高い若い男は、髪を短く刈上げ、生真面目そうな顔をしていた。シャルに舐められたくないのか、はたまたただ眠いだけなのか、優しそうな垂れ目を不自然なまでに吊り上げている。

「私はシイよ、これからよろしくね。いやー、それにしてもあなたのお姉さんには感謝しかないわ。チェナが倒したあいつ、がたいと腕っぷしだけでお頭のほうはからっきしって感じだったもん、おまけに口も悪いし酒臭いしでもううんざり!全く、相変わらずうちの親分は用心棒を見る目が無いこと無いこと。そうそう、この間なんてね…」

「おいこらシイ、それ以上余計なこと喋るな。それにこの間のことは予期せぬことだったって何度も言っているじゃねぇか」

ゴウに釘を刺され、罰が悪そうに苦笑いを浮かべるシイはムツイと同じくらいの年でチェナと同じくらいに髪を短く揃えたお喋りな女だった。

「自分はヤイノって言います。まだ見習いの行商ですが、シャルさんはお姉さんの仕事を見るために初めて東ノ国に来たって聞きました。分からないことがあれば自分にも遠慮なく聞いて下さいね!」

最後に名乗ったヤイノは、昼間にゴウに王宮で起きている事を伝えた青年で四人の中で最も若く、年齢もキオよりも二、三つ程若かった。屈託のない笑顔でシャルと握手をするヤイノは昼間に会った時とは違い頭に布を巻いており、先程まで荷を引く牛達の世話でもしていたのか、体からは微かに獣の臭いが漂っている。自己紹介を終えた三人に対し、シャルは改めて名乗り、これからもよろしくお願いしますと頭を下げる。その様子を既に荷車の上に登っていたゴウが満足げに眺めていた。

「はっはっ!全く随分と礼儀の良い新人が入ってきたな。用心棒ってのは金さえ貰えりゃ後は最低限の礼儀すら弁えない連中も多いからな、シャルみたいな若くてしっかり頭を下げられる奴は新鮮だ。それにお前の姉ちゃんもとんでもねぇ強さだしな。うん、これは中々面白い仕事になりそうだ」

「あの膝蹴りは凄かったよね!そうだ。旅の途中で時間があればさ、私にも武術を教えてもらえないかな?女でもあれだけ強くなれるなら私もチェナみたいになれるかも!そしたら親分がもう用心棒の目利きの無さで悩むこともなくなるだろうし?」

「しつこいぞシイ!!若い連中が来たからって調子に乗るんじゃねぇ!次また変なことを二人に吹き込もうとしたら今度こそ馬糞の山にぶち込んでやるからな!!」

懲りずにゴウの事を茶化すシイを、ゴウは大きな声で怒鳴るが彼女は

「ひぃ~怖い怖い」

と軽くいなして全く反省する素振りを見せない。そんな二人を、ムツイはやれやれと言った感じで眺め、ヤイノはけたけたと笑いながら見ていた。どうやらこの連中にとってこのやり取りは日常茶飯事らしい。その様子を二人は先程のシイが浮かべていたような苦笑いをして見ていた。

「…さて、早速だがシャル、チェナ。お前たちに仕事を与える。と、その前にシャル。お前さんにはこれを渡しておこう」

しばらくシイをどやしていたゴウだったが、それが済むとゴウはキオに向けて一つの包みを投げた。荷車の上から放り投げられたそれを受け取り、包みを開くと中には青い衣が入っていた。麻で織られたそれはさらさらとした肌触りで、月明かりに照らされて艶やかな光を反射している。

「これは…?」

「旅人用の上衣だ。戦わないとはいえシャルにとってはこれが初めての仕事だろう?そんなお前さんに俺達からの贈り物だ。ま、そんな上等なもんじゃないがな」

「…ありがとうございます!!」

ゴウから貰った衣をシャルは早速纏ってみる。衣は少し彼の体には大きかったが、それが返って不思議な安心感を彼に与えてくれた。

「おー、それっぽくなったじゃん!似合ってるよ!」

衣を纏ったシャルをシイが変わらぬ口調で囃す。

「旦那がこんなに気前がいいのも珍しいな。大事に使えよ」

ムツイもナイに続いて、その吊り上げた目を少し緩めてシャルを見る。

「自分が巻いているこの布も旦那のところに初めて弟子入りした時に貰ったんです。へへっ、何だか自分、後輩が出来たみたいです!」

ヤイノが自分の頭に巻いている布を指さして嬉しそうに笑う。その様を見てシャルも一緒に微笑んでいると隣にいたチェナもおもむろに彼の肩に手を置き静かに

「良かったじゃない。似合っているわよ」

と微笑を浮かべる。

「よし、新人への贈り物も済んだところで…」

ゴウはそう言いながら荷車の上に立つ。

「改めて二人に仕事を与える。お前たちの最初の仕事…それはしっかり寝る事だ」

「…へ?」

ゴウのもったいぶった話し方に身構えていたシャルは、思いもよらない仕事内容に拍子抜けした。

「いくら都の兵の巡回があるとはいえ無理に夜に動けば盗賊に襲われる危険があるからな。それに今回は御触書のせいで新道を使えない。ケハノ村にも入れない以上山に入るまでに十分体力を残しておかなくちゃな。だから俺達の出立も明日になってからだ。まぁ、既に関所は閉じているからどの道直ぐに出ようにも出られないが」

拍子抜けしたシャルに、ムツイが与えられた仕事の理由を説明する。

「だけど本当にケハノ村が襲われたなんて今でも信じられないな。皇帝の御触れで立ち入りが禁じられるくらいだから本当のことなんだろうけど、これからどうなるんだろう」

「そうだな…。あの御触れのせいで今都にいる行商の殆どは山越えを諦めるそうだ。これほど交易に支障が出るのは二十年前の『灰の風』の時以来だ。まぁ、そのおかげで商売敵が減るのはありがたい話ではあるが…」

複雑な表情を浮かべたゴウのそんな言葉に、チェナが唐突に反応した。

「あの、ゴウさん。それじゃ、あなたは『灰の風』の動乱の生き残り、ということですか?」

急に問いを投げかけられたゴウは少し困惑した様子を見せたが、

「おうそうだ」

と答える。

「あれは本当に酷かった。俺の行商仲間も大勢奴らやその配下の盗賊共に殺されてな、おまけに例え生き残っても無理やり奴らの略奪に加担させられたりしてとても手が付けられねぇ状態だった…もしかしてチェナ達もあれのせいで人生をおかしくされちまったクチか?」

「いえ、そういう訳ではないんですが…」

そんなやり取りをするチェナとゴウの間にヤイノが無邪気な声で割って入る。

「旦那、『灰の風』って何ですか?」

「んあ?あぁそうか、ヤイノは丁度西ノ国の大陸統一の年の生まれか。なら知らなくても無理はないか」

ゴウの言葉に、ヤイノは申し訳なさそうに肩を竦めると申し訳なさそうに

「はい、恥ずかしながら。何か俺達の仕事に関わることなんでしょうか?」

と答える。

「まぁ一切関わりが無い、と言っちゃあ嘘になる。それにこれは不吉として行商達の間ではあまり話さないようになってはいるが…。だが折角の機会だ、これを機にお前が行商の見習いとしてここに立てているのは先人達の貴い犠牲があってこそということを教えてやろう」

そう言うとゴウは荷車の上に座るとヤイノに向かって「灰の風」について話し出した。

「灰の風ってのは、西ノ国が最後に征服した草ノ大陸の西端にあるシンラっていう国が抱えていた暗殺者集団の名前だ。西ノ国が最後までこの国を攻めあぐねていたのもこいつらが各地で暗躍して情報を色々とかき乱していたおかげだった。まぁ結局シンラは西ノ国の物量に押し負けて征服されちまうわけなんだが、ここでもこの灰の風が立ちはだかってな、暗殺者のくせに西ノ国の騎馬兵団を真正面から相手して獅子奮迅の戦いをしたそうだ。そして挙句にはシンラの都が陥落したと知った途端、灰の風達は直ぐに武器を捨て、まさに風のように戦場から姿を消したという。そのせいで西ノ国はシンラを抑え草ノ大陸の全ての国を支配することが出来たものの、最後の国の最高戦力の殆どを討ち取ることが出来ずに終わるという後味の悪い戦果になったんだ」

「へぇ、あの西ノ国でも苦戦するような戦いがあったんですね。でも、そしたら逃げた『灰の風』は一体?」

「あぁ、そこからが問題だったんだ。奴らは国を抜け出した後に西ノ国の目が届かぬ場所で集結し、祖国を征服したことへの報復と、その祖国の再興を目指し再び西ノ国へ牙を剥くことになる。灰の風は人を殺める能力もさることながら、薬学にも長けていてな、特別な毒薬を用いて人の心を操り、他国の敗残兵や襲った行商を仲間に引き入れ、更には西ノ国の支配下にある小国を襲撃し、そこに住む若者を攫ってはその心を支配し、自分達と同じシンラの為に命を賭す戦士として錯覚させたんだ。こうやって力をつけた奴らは自ら大規模な盗賊団を名乗り、道行く行商達を片端から襲い、奪い、殺し、そして見込みのある者を戦力として引き込んでいった。奴らが盗賊として跋扈したことで行商達は恐れおののき、多くの者が荷を運ぶことを控えるようになってしまってな、これは当時草ノ大陸に道路や宿場町を作り交易を活発化しようとしていた西ノ国だけでなく、東西両国交易協定の下、積極的に交易を行っていた東ノ国にも大きな脅威となった。そして両国はこの蛮行を止める為に互いに戦力を出し合って討伐隊を結成して『風狩り』の名の下、二年という歳月をかけて灰の風を狩り尽くしたって訳だ」

ゴウの話に夢中で耳を傾けていたヤイノは、彼が話し終えると

「それじゃあ旦那の言う通り、今こうして行商として自分達がいられる前に多くの命が犠牲になっていたんですね…。くぅ~、そんなことも知らずに今まで仕事をしていたなんて…!旦那、教えて下さりありがとうございます!自分もこれからもっと成長して、先人達に誇れる行商になります!」

と元気よく声を上げた。

「頑張れよヤイノ。だが、灰の風に関しては今まで知らなかったことを恥じる事は無いぞ。さっき旦那が言ったように、俺達行商の間では基本的にこんな暗い話をわざわざ若い見習い達に話すことは避けてようにしているからな。歴史として紡いでゆくのは役人達だけで十分だ」

「それにね、灰の風は何も悪いことばかりもたらした訳じゃないの。風狩りには帝の腕を始めとした東ノ国の多くの戦力が投入されたんだけど、そこで西ノ国と一緒に二年間戦い抜いたことで建国以降戦争をしてこなかった東ノ国の兵力は格段に向上したのよ。今の軍部重臣のトルクさんだって帝の腕として風狩りに参加して、そこで凄い戦果をあげたことで重臣にまでなれたんだから」

意気込むヤイノに対し、ムツイとシイの二人も励ましの言葉を投げる。

「…さて、昔話をしていたら時間を食っちまったな。これ以上起きていても仕方ねぇ、さっさと寝るとしよう。二人は一番後ろにある荷車を使ってくれ。それじゃあ、一同おやすみ!」

そう言うとゴウは自分が腰かける荷車の荷の隅に器用に体を収めると、早くもそこで寝息を立て始めた。

「俺達も寝るぞ。二人とも明日からよろしくな」

「おやすみなさ~い。二人ともいい夢をね!」

「おやすみなさい!」

それに続いて残りの三人も前の二台の荷車によじ登り思い思いの場所と体勢で目を瞑った。

「…私達も寝ましょう」

「そ、そうだね」

ゴウたちが「灰の風」の話をし始めてからどこか元気が無いチェナを不思議に思いながらもシャルは彼女に続いて荷車に登り、先程ゴウから貰った上衣を布団代わりに体にかけ荷の一つにもたれかかった。すぐ横を見るとチェナも同じように荷に寄りかかっていたが、彼女は何故か眠ろうとせずに掌の中で何かを転がすような仕草をしていた。それを不思議に思ったキオは彼女に話しかけようと体を起こす。しかしチェナはそれを察したのか

「ほら、早く寝なさい。明日から忙しいのよ。私の事は気にしなくていいから」

とまるで話しかけられることを見透かしたかのような発言をする。それに対しシャルは

「う、うん。ごめん」

と申し訳なさそうに小さく返事をすると再び荷に体を預け、やがて眠りについた。

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