第12話 地導への覚醒

「へぇ、中々上手じゃない。ソラも気持ちよさそう」

「ありがとうございます。小さい頃からよく行商の家畜を世話していたのでこういうことには慣れているんです」

初めてチェナに褒められて、シャルは思わずはにかんだ。既に日は落ち、二人と二頭を照らすものは彼らが囲む小さな焚火のみだ。彼らがいる地点は東ノ国の都まで馬を使ってもまだ二日程かかる距離にあった。加えてまだ疲れが取り切れていないソラとスイ、そして馬での長距離移動に不慣れなシャルのことも考慮しチェナはこのオアシスで一夜を過ごすことを決めた。幸いこの草原は都に近いこともあり東ノ国の騎馬兵が夜間でも頻繁に警備巡回を行うため野盗や盗賊の数も少なく、飢えた狼にさえ気を付ければ比較的安全に野宿をすることも可能である。更に春先に極寒となる草ノ大陸と違い、沿岸から温かい風が吹き込んでくる海ノ大陸は年中温暖で、西ノ国の遊牧民が用いる天幕無しでも外で過ごすことが出来ることも大きかった。そういうわけで二人はオアシスの近くで火を焚き、今はシャルが背に乗せてくれた礼にとソラに刷毛がけをしてあげている最中だった。チェナの言う通り、艶やかなソラの栗毛を撫でるシャルの刷毛がけは非常に手慣れた様子で、ソラも満足げにぶるるっと鼻を鳴らしている。ソラの世話をしながら、シャルはチェナの、本当の出自を知った。彼女は草ノ大陸、「オリスの両腕」の山腹に存在する「地導の里」という集落で生まれ育ったというのだ。用心棒をしているというのは嘘ではなかったが、それも家族を支えるための出稼ぎではなく、ただ単に馬達と旅をしたいというためにやっているだけであるという。そして焚火を前にして語られる彼女の話は、シャルが最も気になっている「地導」と呼ばれる力についての話題に差し掛かっていた。

「『地導の里』に生まれた子供はね、皆十二歳になると毎年一度だけ山のどこかに現れる『試しの泉』で『試しの儀』っていう儀式を受けるの」

「その試しの泉っていうのはもしかして…」

「そう、あんたも見た七色の泉よ。普段はただの熱水泉だったり、窪地だったりするところが急に極彩色の泉に変わるの。試しの泉が現れたところは神域とされて、そこで子供達は儀式を受けるのよ。儀式の内容は単純明快。泉に集まった子供達は煮えたぎる七色の熱水に一人ずつ手を差し入れるの。泉は女神様の住む神様の世界と私達人間の住む世界を結ぶ扉であるとされていてね、力を授けるに値する子供が手を入れれば女神様はその勇気と才覚を認め、その子供に神の力の一部である『地導』の能力を授けるの。そういった子供は泉に手を入れても決して火傷することはない。そして…」

そこでチェナは話を一旦止め、自分の右腕をすっと自分の顔の前に差し出してぐっと拳を握った。その動作に伴って腕全体にあのゆらぎが現れる。

「そして女神様に選ばれた子供は『地導使い』としてこの陽炎のようなゆらぎを自在に出すことが出来るようになるの。このゆらぎこそ私達里の人間が『地導』と呼ぶ力の正体よ。これを纏っている間、地導使いの体は岩石のように硬くなり石礫は勿論、刀剣や矢尻でさえ通さなくなる。加えて硬質化した状態で放たれる打撃や格闘は強い衝撃を持ち、鍛え上げた肉体と組み合わせることで人の骨どころか岩石でさえ打ち砕き、鉄の盾ですら容易く歪められるようになるの。まぁ、私はまだそこまででは無いけどね」

地導と呼ばれる、体を硬質化する力。その正体を知ったシャルは頭の中でこれまでに起きた異常な出来事同士が組み合わさったことで全身に鳥肌が立つのを感じた。自分が見た巨大な七色の泉、その熱水に落とされても無事であったのは自分がチェナの言う「地導を授けるに値する人間」であったのだ。村から逃げる際にけつまずいて鋭い岩に額をぶつけても、先程チェナに刀を突き立てられて無傷だったのも無意識に地導の力がシャルを守っていたのだ。

「…でももし選ばれなかった子供はどうなるんですか?チェナさんの言い方だと選ばれる子供とそうでない子供がいるみたいですけど」

「……」

チェナはこの質問にすぐには答えず、少し視線を落とし掲げていた右手を降ろした。その瞬間腕に纏っていたゆらぎも消える。

「地導の力に値しない子供に対して女神様はとても厳しいわ。才能の無い子が手を入れると女神様は自分の世界を汚されたと怒り、力を与えるどころかそのまま泉の熱でその子の手を焼け爛れさせるの」

「えぇ!?そんな…」

「もし選ばれなかったとしても里ではその勇気を讃えられて選ばれた子と変わらない生活を送ることは出来るわ。でも熱水によって出来た火傷はどんなに軽傷でもくっきりとした跡が残るし、ひどい場合は手を使えなくなる子もいるの。最近はあまりに惨い行いだって、望む者だけにこの儀式を受けさせるようになっているのよ」

「でも、それでもチェナさんは儀式に望んだんですね」

「まぁ...ね。でももし選ばれなかったらこうして馬達と一緒に旅することも出来なかったかもしれない」

そう言ってチェナは愛おしそうにソラとスイを見つめた。

「シャル、ソラも眠そうだしもう刷毛がけはいいわ」

そう言われシャルは動かしていた手を止める。ソラも満足したのか彼が手を止めるとチェナの傍で寝息を立てているスイにトコトコと近づき一緒に横になった。

「地導の才能があるかどうかって分からないんですか?ほら、さっきチェナさんがこう、指で三角を作って胸に当てたら地導のゆらぎが俺から出てきたじゃないですか。これを使えばその人の資格を見分けたりとか出来ないんですか?」

シャルはそう言うとチェナと同じようにその場であぐらをかいて座り、日中にチェナがしたように両手の人差し指と親指を合わせて三角形を作り、今度はそれを彼女に向けた。と、その瞬間チェナの全身からだけでなくシャルからも火照りと共に全身にゆらぎが吹き出してきた。その様子を見たチェナが目を丸くする。

「驚いたわ。あんた、もう『共鳴』が出来るの?」

「え、えぇ。そう…みたいです…?」

思わぬチェナの反応に、シャルは三角を作りながら目をぱちくりさせる。

「その指の形はね、『共に響き合う徴』と言って地導使い同士がお互いを確認するために使うものなの。指を向けた相手が地導使いなら相手の地導を無理やり引き出すことが出来て、これを『共鳴』って呼ぶんだけど、初めて地導を身に着けた者が出来るようなことじゃないわ…そういえば聞いていなかったけど、あんた泉に触れてからどれくらいの日数が経っているの?」

「えぇと、実は泉に触れたのは昨日の夕方なんです」

「何ですって!?じゃあまだ一日しか経ってないって言うの!?」

シャルの発言にチェナは驚愕し羽織っていた羊毛の外套をがばっと脱ぎ捨てて立ち上がった。その剣幕に驚いたのか彼女のすぐ横で横になっている二頭がびくっと起き上がる。

「あんた、また私に嘘吐いているんじゃないでしょうね!?」

「だから嘘なんて吐いてないって言っているじゃないですか!それに俺が泉に触れた成り行きを話してもきっと信じてもらえませんよ!」

「ならその成り行きをさっさと話しなさい!!信じるかどうかは私次第よ!」

「そんな…」

シャルはチェナの態度に辟易しつつも、仕方なく自分が泉に触れるまでの過程を話した。自分のいとこであるショウが泉を見つけたこと。泉は隠されたように存在する火口に存在していたこと。そして自分達はそこから群青の軽業師と思われる人間に落とされたことを話した。

チェナはそれをしかめ面をしつつも水を差したりせず腕組をしながら黙って聞いていた。そしてシャルが全てを話し終えると彼女は何を言うでもなく、ため息を一つつくとそのまま尻もちをつくように足元の外套に座り込んだ。

「…どうですか。ほら、信じるかどうかはチェナさん次第ですよ!」

星空を仰ぎながら呆けた顔をしているチェナに対してシャルはそう言い放った。

「…確かに信じられないわね。でも、そうか。『泉に落ちた』か…」

チェナはしばらくそんなことを呟いていたが、やがて何か決心したかのようにシャルのほうに向きなおった。

「とりあえず今の話、信じるわ。話してくれてありがと。お返しに一つ面白い話をしてあげる。さっき地導の才能を持っている人間を見分けることは出来ないのかって言っていたわよね?」

「…はい」

少し不満げにシャルは答える。

「残念ながら『共に響き合う徴』では才能を持つ人間までを見分けることは出来ないの。それが出来れば皆もうとっくにやっているわ」

「確かに…それは、そうですね」

「ただね、今から大体七十年位前、丁度東ノ国と西ノ国の間に交易路が完成した位の時にたった一人だけ、才能があるかどうか見分けられる地導使いがいたらしいの。その人も勿論泉に触れて力を授かったのだけど、その人はあんたと同じように泉に落ちて地導の力に目覚めたのよ。その年同じように選ばれた子供はいたけど、選ばれた中で見分ける力を手に入れたのはその泉に落ちた人だけだったらしいの」


パチチッ!パチッ!


唐突に火が強く弾けた。遮るものの無い草原の夜空は満点の星とその中で一際光を放つ月で彩られており、先程夕日を美しく映し出していたオアシスの水面は波一つ立たないおかげで今度はまるで空をそこにだけすっぽりと降ろしてきたようにその星空をはっきりと映し出していた。

「俺と同じように、里にも泉に落ちた人がいたんですか?」

そんな景色の中、シャルはチェナにぽつりと問いかける。

「その通りよ。その人が何故泉に全身を晒したのかは分からないわ。ただ単に足を滑らせただけかもしれないし、自分は選ばれる人間であると確信してわざと飛び込んだのかもしれない。ただ、いずれにせよその人は見事に女神に選ばれ、全身に火傷を負うことは無かったわ。けどね、その人が凄かったのは泉から出た後なの」

少し弱くなってきた火に新たな薪をくべながらチェナは続ける。

「さっき私はあんたがまだ泉に触れて一日しか経っていないのに共鳴が出来ることに驚いていたでしょう?」

「はい、初めて地導を身に着けた者が出来るようなことじゃないって」

「そう。でもそれ以上にね、長い里の歴史の中で少なくとも一日という短時間で地導の力を顕現させた人間は誰一人としていなかったわ。どんなに早くても五日、長い子は儀式から半年後に力に目覚めたりするの。唯一泉に落ちたその人を除いてね」

「…!!」

予想だにしなかった事実に今度はシャルが目を丸くした。てっきり泉に触れたその瞬間から地導使いになれるものだと思っていたからだ。

「泉から這い出てきたその人の全身は既に周囲の景色が歪んで見えるほどの凄まじい量の地導に包まれていたらしいの。おまけにその人は儀式の翌日から『共に響き合う徴』で他の地導使いを容易く共鳴させることが出来たと言われているわ。ちょうど、やり方もなにも教わっていないのに見よう見まねで私を共鳴させたあんたと同じようにね」

「……!!」

驚きで声が出ないシャルをよそ目にチェナは語りを続ける。ただその様子はまるでシャルではなく、自分自身に語り掛けているようだった。

「泉に落ちた話が本当ならシャル、あんたはもしかしたら彼と同じように計り知れない力を持った地導使いなのかもしれない。それにあんたを落としたっていう…えっと、なんだっけ?」

「…群青の軽業師です」

話を振られ、シャルは何とか声を絞り出す。

「そうそれ」

と言ってチェナはぴんと人差し指を立てる。

「そいつはあんたとあんたのいとこを泉に落とした時に確かに『地導』と口にしたのよね?」

「はい。それに軽業師に腕を掴まれた時にその掴まれた箇所が温かくなったんです。その時は何が何だか分かりませんでしたけど、今ならはっきりと分かります。あの火照りは地導を出す時に伴う火照りと同じです」

「…それも一緒だわ。その人は相手に触ることで地導の才能があるかどうか見分けることが出来たというの。触れられた人はその部分だけ不自然に温かくなって、そしてその現象が現れた人だけが本当に女神様に選ばれた。反対にその人に触られてもなにも感じなかった人は例外なく泉の熱で手を焼かれたらしいわ…」

そう語るチェナの肩は少し震えている。だがそれは寒さから来る震えではなく、これ以上言葉を紡ぐことに恐怖しているためであった。

「シャル、私はあんたが怖くなってきたわ。地導は里の人間だけが知る神の力。それを授ける儀式がいかに残酷であるとしても、私達はその力を畏敬の象徴として泉と共に代々守り、受け継いできた。なのに、あんたときたら訳も分からないまま泉を見つけてその力を身に着けた。それだけでも十分おかしいことなのに、あんたと、あんたを泉に落とした群青の軽業師とかいうやつはかつての『地導の使者』と共通点を持っている…」

「『地導の使者』?」

「その泉に落ちた人の二つ名よ。地導の力を得た人間を私達はそのまま地導使いと呼ぶ。けどその人はその凄まじい地導の力と才ある者を見極める力、そして全身で泉に入っても無事であったことからいつしか女神がこの世界に寄越した使いとして、地導の使い手という意味もかけて『地導の使者』と呼ばれるようになったの」

そこまで言うと、チェナはしかし尻に敷いていた外套をぎゅっと羽織るとじっと火を見つめながらそれ以上はなにも言わなくなってしまった。先程の勝気な態度から一変、急にしおらしくなってしまったチェナに対して、シャルはおずおずと声をかける。

「えっと、どうしたんですか?」

「…悪いけど、これ以上は何も話せないわ」

「えぇ!?そんな唐突な!俺、小さい頃からこういう伝説とかおとぎ話みたいな話、凄い好きなんです。もう少し聞かせて下さいよ!」

「そんなかわいいものじゃないのよ。本当はね、『地導の使者』は里では禁忌の人物とされているの。あんたの話があまりにも出来過ぎているからつい長く話しちゃったけど、お年寄りの中にはその話をするだけで怒り出す人もいるくらいなんだから」

「え…」

“禁忌“、そう聞いて少々不躾に催促をしていたシャルもついたじろぐ。

「そ、それは何故…」

「言ったでしょう、これ以上何も話せないって。それに、もうあんなに月が高いところにある。もう寝ましょう。シャルはソラと一緒に寝て。馬に寄り添っていれば温かいから」

チェナは頑なにそれ以上「地導の使者」について話そうとはせず、くるりと後ろを向いて立ち上がると背後にあった荷物をごそごそと漁りだした。その様子からシャルはこれ以上彼女が何か話してくれることはないと悟り、大人しく彼女の指示に従うことにした。先程チェナに起こされた二頭であったが、二人が話している間に特に異常は無いことが分かったのか既に再び寝息を立てている。そんな二頭の内、シャルはスイよりも一回り小さいソラに歩み寄った。ただ、今まで野宿は勿論、馬と一緒に寝たことなんてなかったシャルはどうすれば分からなかった。そんな彼の背後から、荷物の中から引っ張り出してきた毛布を持ちながらチェナが声をかける。

「どうしたの、さっさと寝なさい。ほら、これ使って」

「えっと、すいません。俺、馬と一緒に寝るなんて初めてで…」

「あぁそういえば、あんた村の外に殆ど出たこと無いんだっけ。別に難しいことなんて何もないわ。ほら、こんな風にお腹を枕にするの」

チェナはそう言いながら先程から使っていた外套をそのまま掛布団代わりにして、スイの腹に寄りかかる形で横になった。それを見たシャルも少し戸惑いながらもチェナから貰った毛布をかけ、そっとソラの腹に体を預ける。チェナの言う通り、ソラの腹はぽかぽかと温かく、耳を澄ませると微かに聞こえてくるソラのとくん、とくんという心音が存外に彼の心を穏やかにさせた。

(意外と悪くないな…)

そんなことを思いながらも、正直まだ自分が置かれた状況が整理出来ていないシャルは眠る気分にはとてもなれず、しばらくの間ぼんやりと頭上の星空を眺めていた。すると、すぐ横でスイと共に寝ているチェナがシャルの方に顔を向け再び語り掛けてきた。

「あんた、まだ起きてる?」

「えっ、はい。疲れているのに中々眠くならなくて…」

「…まぁ、当然よね。いきなり故郷を襲われて、家族の行方も分からない。おまけに生き残った自分には訳の分からない力が宿っている。同じ状況なら私でも混乱するわ」

そう呟くチェナに、シャルは昼に思ったことを恐る恐る訊ねた。

「あの、チェナさん…」

「何?」

「こんなこと言ったらまた怒ると思いますけど、村を襲った女は、理由は分からないですけど明らかに徴を使って俺を地導使いだと特定した。でもチェナさんがさっき言ったように地導の力は里の人間しか知らない。だとしたら、村を襲った女は里の人間だったりとか、しないですか?」

そこまで言ってシャルはぎゅっと目をつむった。シャルはチェナがその襲撃者であるという疑念がどうしても晴らせなかったのだ。もしそうだとしたら、簡単に寝首をかけるようなこの状況でそれを尋ねるのは、お世辞にも賢明な判断とは言えないがそれでもシャルは聞かずにはいられなかった。それに仮にチェナが襲撃者でなかったとしても、彼女の里を貶すようなことを言えば彼女の機嫌を損ねてしまうことはシャルにとって自明のことであった。しかし、これを聞いたチェナの応答は思いがけないものであった。

「まぁ、そう思われても仕方ないわよね。地導を使って襲ってきたのは女。その上助けてくれた女にも同じ力が宿っているとなれば、疑うのも無理はないわ。けど、里の人間が地導を使って人を傷つけることは決してないわ」

「でも、なんで…そう言い切れるんですか!これだけ凄い力なんですよ、いくらでも良くない方向に使うことは出来る。それこそ村の一つ潰すことなんて…!」

「止めて、ソラとスイがまた起きちゃうじゃない」

つい声を荒げたシャルをチェナは静かに、しかしはっきりとした声でたしなめた。そんな彼女の声にシャルは

「あ、ごめんなさい」

とあっさり態度を改める。

「里にはそういう教えがしっかりあるのよ。地導は女神様に貰った力だから決して邪なことに使っていけないって…まぁそんなこと言っても今のあんたを安心させることを出来ないだろうけど。でも仮に私があんたを狙って村を襲ったその女だとしたら、その目的がどうであれ、今こんな風にあんたを野放しにするような間抜けなことはしない。それだけは確かよ」

そしてチェナは少しばつが悪そうに起き上がると、

「それにわざわざ話しかけたのもそんなこと話すためじゃないわ。私、これまで突然故郷を追われて混乱しているあんたに『殺す』とか『くたばればよかった』とか随分とひどいことを言ったし、状況が状況とはいえ暴力もいっぱい振るった。それをしっかり謝っておきたかったの。きっと他の地導使いなら同じ状況でも、もっとあんたを丁寧に扱っていたと思うわ。ごめんなさい」

とシャルに告げた。その声は決して冗談などではなく、確かな反省の色があった。急に謝罪を受けたシャルは少しおたおたしていたが、寝転がりながらそれを聞くのは失礼かと思い、ぴょんと勢いよく起き上がった。

「そ、そんな急に改まらなくても大丈夫ですよ!チェナさんがいなければきっと俺は既に野垂れ死んでいたか、村を襲った女に捕まって殺されていました!だから謝る必要なんてないですよ!それに…」

しかしそこまで言った時、これを聞いていたチェナがシャルの言葉を遮るように不意にくすりと笑った。

「ありがとうシャル。でもそんなこと言うってことは、それじゃあんたはもう私のことを村を襲った女とは思っていないのね?」

「あ…」

「ふふっ。シャル、急にしおらしい態度になったからって相手を許すなんて、あんた、お人好しなのね。けど、そんなんじゃその内痛い目見るわよ?」

「……」

「さ、もう寝ましょう。明日一杯歩くんだから、しっかり寝ておきなさい」

チェナはその時初めてシャルに対して笑顔を見せると、再びスイに体を預けすぐに寝息を立て始めた。そんなチェナにシャルはなにが言いたげな様子であったが、既に眠ってしまった彼女を起こすことはせず、またしばらく星空を眺めていた。

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