第9話 交易の発展

協定が生まれたことにより両国に大きな変化が生まれた。西ノ国では協定が結ばれてからこれまた不思議なことに米の収穫量が次第に以前の水準にまで回復。更に不作の中その対策として開発された肥料や農機具の使用により、より少ない労力で多くの収穫を得ることが出来るようになった。しかし西ノ国の民は協定の拘束力は勿論のこと、東ノ国を虐げたことで女神が怒り、不作という形で自分達に天罰を与えたのだと信じ、決して不当に米の相場を吊り上げることは無くなった。そして協定が調印された約四十年後、西ノ国は草ノ大陸のほぼ全域を支配下に置き、最大版図を達成した。そして三代目皇帝はこの勢力が永久に続くよう多くの政策を実施した。まず、国をあげて草ノ大陸の土壌を調査し、地下水が豊富な地点を洗い出した。そしてそこに井戸を掘り、その井戸を中心に小規模の宿場町を作り、その宿場町を繋げる形で行商路を作り、行商が安定して金や品を動かせるように配慮した。井戸を中心に宿場町を作ったのも、人々や家畜の命を支える水が安定的に確保できるようにすることでそこに一定数の人々が継続的に暮らせるようにするためだ。この政策により、草ノ大陸内の交易はより活性化するようになる。更に皇帝は食糧難に備えるため、遊牧による牧畜を活発化させたが、この遊牧は主に西ノ国の都から離れた民達が中心となって行われた。これは中央からの監視が届きにくい国民の流動化を促すことで西ノ国への反逆を企てることを防ぐためである。また、このように放牧に携わる者に対して所有する馬の頭数を国に申告することを義務付け、軍事力に大きく関わる馬の繁殖を抑制することも盛り込んだ。

一方東ノ国は西ノ国以上に大きな進歩を遂げることになる。西ノ国が拡大政策を進める間に、火豆による保存技術と協定により食糧の心配が大きく減った東ノ国は次第に人口が増加。増えた人口を支えるためにより多くの漁獲が必要になったことで造船の技術が発達し大型の船舶を用いて遠洋で漁を行うことが出来るようになった。同時に航海技術も向上したことで海上の活動範囲が広がるうちに東ノ国はとある疑問を抱くようになる。「この海は一体どこまで広がっているのだろう」と。何よりこの国の救いの神である火豆は小舟に乗り海からもたらされたのだ。もしかしたらこの海の向こうには自分達が知らない別の島や大地があり、火豆はそんな世界の一つから流れついたものなのではないかと。この疑問を晴らすべく東ノ国は三隻の大型船を建造し、西ノ国からも人員を集めそれぞれ東、北、南に向けて大航海を敢行した。

そしてその五年後、一向に帰還しない船に対して誰もが航海は失敗したと考えていた時、一隻の船が突如東ノ国の沿岸に現れた。しかしその船団は東ノ国が建造した大型船とは大きく異なる形状をしており、更にその乗組員は東ノ国の人々とは大きく異なる姿をしていた。未知の船と人種の出現に東ノ国は大きく混乱したが、その船からかつての大型船の乗組員が降りてきたことで、東ノ国の人々はこの五年で彼らが過ごした波乱万丈な日々を知ることになる。

帰還した船員達の話はこうだ。彼らは東に向かうことを命じられた大型船の乗組員で北上をひたすらに続けたが、ついに火豆が存在する島や大陸を確認することは出来ず、更に食糧が底を尽きた上、船内では病気が蔓延。全滅までは時間の問題であったが、出航から約半年後、遂に彼らは一つの大きな大陸を発見した。しかしようやく大地を踏みしめられる喜びを噛み締める暇も無く、船員達は大陸からやって来た軍船に船を鹵獲されてしまった。その大陸には東ノ国と同様に海に面した国があり、しかし東ノ国や西ノ国とは全く違う文明と文化を築いていたのだ。国の名は帝国テルー。船員達はその水軍に敵とみなされ捕らえられてしまった。自分達に縄をかける水兵達を見た船員達は自分達とは大きく異なる彼らの姿を見て大きく驚いた。テルーの人々は男女を問わず船員達よりも一回りか二回りほど背丈が高く、また草原のような緑色の瞳を持つ草ノ大陸や海ノ大陸の人間とは違い、彼らは澄んだ空のような青い瞳を持っていたのだ。ただ容姿の違いに驚きを隠せないのはテルーの人々も同じであったようで、彼らは自分達と瞳の色が異なるばかりでなく、言語も異なる船員達を、人を真似た悪魔だと思い込み、結果船員達は火あぶりにかけられることが決まるまでに追い詰められてしまった。しかし、悪魔でありながらテルーに訪れた時から飢餓と病で衰弱し、終始怯えた様子で抵抗の意志すら見せない船員達を見たテルーの皇帝は、もしかしたら彼らは自分達と同じ人間であるのかもしれないと考え、直前で火あぶりを止めさせた。更に皇帝は船員達が扱う言語に興味を持ち、同じ人の言葉なら我々でも理解出来ると考え、皇帝自らが船員達の前に立ち、彼らの間にそびえる言葉の壁を乗り越えようとしたのだ。

そして三年後、船員達と皇帝は互いの言語をそれなりに理解し、筆談であればかなり円滑なやり取りが出来るまでになっていた。その過程で皇帝は彼らが自分達は「東ノ国」というテルーとは違う国から来た人間であること、この国には決して侵略のために訪れたのではなく、自分達の国を救った植物の起源の地を探し求める内にたまたま流れ着いただけであることを知った。この世界には自分達が知らない言葉を使い、知らない文化の中で生きる人間がいることを理解した皇帝はまず船員達にこれまでの無礼を詫び、彼らを東ノ国に送り届けることを誓った。テルーの造船技術と航海技術は東ノ国のそれとは比べ物にならない程高く、東ノ国の船大工が技術の粋を尽くし二年の期間をかけて建造したもの以上の性能の船をその半分である一年で作り上げ、病と飢えに苦しんでいたとはいえ東ノ国の船乗りがテルーにたどり着くまで半年近くかかったのに対し、テルーの船は東ノ国の船員達から聞いた断片的な情報だけで航路を定め、僅か二か月程で見事に海ノ大陸にたどり着いたのだ。更にその船にはテルー皇帝から友好の証として、東ノ国の技術では作り出せなかった望遠鏡のような航海に関わる器具や火薬を用いた強力な武器が載せられていた。テルーの技術力の高さを知った東ノ国の皇帝は依然軍事力で劣る西ノ国に拮抗するために彼らの技術を欲し、帰還した船員達と共にやって来たテルーの使者に貿易を持ちかけた。しかしテルーの者も当初から東ノ国との貿易を望んでおり、特に彼らは東ノ国で栽培されている火豆を欲していたのだ。かくして東ノ国のテルーとの貿易が始まり、東ノ国はテルーに火豆を送る代わりにテルー産の武器を輸入し急速に軍事力を高めていった。


さて、少し長くなってしまったが以上がこの世界の説明だ。交易の要衝であるケハノ村の長の跡継ぎとして今まで生きてきたシャル。しかしその定められた平穏な人生は一夜にして崩れてしまった。シャルが目にした七色の泉とは、そこに現れた青き衣の男、彼が言う地導とは何か、そしてシャル達を狙った女の目的とは何か。これは己に与えられた数奇な運命を受け入れ、抗った一人の青年の物語である。

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