極短ホラー 未然

狭霧

第1話 未然

 いつも渡る横断歩道を寸前でやめ、百メートル先の信号を渡ることにした。その瞬間、背後から悲鳴と同時に激しい衝突音が聞こえた。振り返ると一台の乗用車が街路樹に激突して止まっていた。フロント部分からは白煙を上げている。だが人々はその乗用車では無く、横断歩道上を見ている。倒れていたのは、つい今し方まで信号待ちしていた高上修也と並んでいた中年男だった。

 遠く救急車の音が聞こえる。修也は足早にその場を離れた。

 部屋まであと少しのところでようやく緊張が解けた。肩に入っていた力を抜き、吐息を零す。

「そう言えば夕飯買ってないな」

 商店街の弁当店に寄って帰ろうと思ったが思いとどまり、その手前にあるコンビニに入った。コンビニの弁当は避けられるなら避けたい献立だ。飽きすぎて。

 それでも唐揚げ弁当とルイボスティーを買った。料金を払っていると、叫び声が聞こえた。駆けていく人々が見える。

「どうしたんだ?」

 コンビニの、オーナー店長がバックヤードから出てきて言った。バイトは首を傾げるが、表の小路には慌てた様子で走り去る人々が見える。

 コンビニに駆け込んできた青年が叫んだ。

「ケンカ!弁当屋の客同士で、順番がどうしたとかで言い争いになって、一人が刺された!警察を!」

 店長はそれを聴き、慌てて電話を手にした。修也は慌ててコンビニを出ると、弁当屋の方は見ずにマンションへ走った。

 部屋に駆け込み鍵を掛け、深呼吸をした。

――子供の頃からずっとそうだ……。

 弁当を置き、椅子に腰を下ろした。冷たいルイボスティーで人心地つけた。

 修也は、その感覚を《予知》だと思っている。

「横断歩道も、あのまま渡ってたら俺が死んでたかもしれないし、弁当屋だって行ってたら俺が刺されてたかも……」

 あまりにも度々不思議に出会うので、その感覚に従うことに疑念を持ったことは無い。常に感覚に素直に、選ぶことを信じて生きてきた。

「行った方がいい気がして選んだら、そのスーパーで特売があったり……」

 頷いた。

「俺って、人と違う気がする」

 ぞっとすることもあるが、それで救われている部分が多い。何かが自分を守っているように感じた。

 スマホが鳴動した。SNSだ。

「マリさんだな」

 アプリを見ると①のバッジが付いている。開けるとそれは最近知り合った相手の《アカウント名・マリ》だった。

《おつかれさま!いま頃家でしょ?早く修クンと話したいな!この間のアレ、考えてくれたよね?すごい得なの!私なんか本当にこんなに利回りがよくていいのかって不安になっちゃうほどだよ!》

 修也はアイコンを見た。《マリ》はセクシーなオフショル姿で微笑んでいる。早速返事を打ち始めた。

《マリさん、お疲れ様!マリさんがそれほど言うなら――って思ってるよ》

 送信すると即座に返信があった。

《うれしい!じゃあ一緒にセミナーに行こうね!手を繋いでさ!それで、終わったらお食事!それであとは……ふふ…なんちゃって~。マリは悪い子だね》

 修也はこみ上げる興奮を抑えられず、過激な文章を打って返した。


 一月後――

 悪徳投資グループが摘発された。首謀者は逃げて見つからないが、実行部隊数人が逮捕された。その中に、塚丸マリの姿があった。ニュース映像に呆然とする修也は、カメラに向かって中指を突き立てるマリをただ見ているだけだった。

 約束して参加したセミナーでは、その場での即決特待として利回りが倍だと言われた。サインした修也にマリは抱きついてきた。その後食事をしたが、途中でマリに電話があった。親が病院に運ばれた――そう言い、マリは慌てた様子で帰って行った。呆気にとられたが、後で連絡するねと言ったマリを信じていた。だが、その後二度とマリとは連絡が付かなくなった。

 ニュースでは全国の被害者は男性が多く、被害総額の全容はまだ分かっていないと告げていた。

 がっくりと崩れ落ちたとき、修也は膝をテーブルの角に痛打し、悲鳴を上げた。

 虫は知らせてくれなかった。

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