第13話 トラップしやすいようなパスを送りなさい

 俺と鉛汰君は近くの公園でリフティングパスをしていた。


 サッカーボールが綺麗な軌道を描いて飛んできたので、腿でトラップをして、地面に落とさないように相手に返す。

 鉛汰君も同じようにトラップをして、正確に俺にパスをする。


 鉛汰君、上手いな。


 俺がトラップしやすいようにパスを送ってくるし、俺の乱雑なパスにも胸や頭、肩などを使って上手にトラップしてる。

 ミスがほとんど無いばかりか、俺のミスをカバーしてくれてる。


 鉛汰君、半端ないって。


「高槻さん。リフティングパス飽きたんで、一対一してくれませんか?」

「……了解です」


 全然了解って言える状態じゃないが、真面目な鉛汰君の表情を見ると断れない。

 俺は念入りにストレッチをして、鉛汰君にボールをパスした。


「壊れんなよ、俺の体」


 鉛汰君がドリブルで仕掛けたと同時に、俺はボールに向かって走り出した。






「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」


 十五分後。

 全力を出し切った俺は、これ以上やるとヤバくなる予感がしたので、ベンチに座ってぐったりと休んでいた。

 全然余裕なのか、鉛汰君は右足のアウトサイドや踵を器用に使ってリフティングをしている。


 若いって素晴らしいな。


「鉛汰君、めちゃくちゃ上手いな。

 大会が近いって言ってたけど、どこの中学のサッカー部?」

「東灘学園です。

 だから、県大会ごときで負ける訳にはいかないんです」

「県大会ごときねぇ……」


 東灘学園高校は色浜高校と同じ灘区にある、全国レベルのサッカー強豪校だ。

 中高一貫の私立校なので、中等部もあり、中等部も全国トップクラスのチーム。


 公立の部活でお山の大将だった俺より、遥かに格上だ。


「高槻さんの方が、俺なんかより全然上手でしたよ。

 体の使い方とか洗練されていて、中々ボール奪えませんでした」

「お世辞だとしても、褒められるのは嬉しいね。

 俺はボランチだったから、最低限ボールキープできなきゃ話にならなかったんだよ」

「俺はトップ下なんですけど、体の使い方が下手なんですよね。

 毎回、やや強引にドリブルで突破したり、パスで交わしてるだけで、もう少しテクニック以外の部分でボールキープできるようになりたいです」


 下手って卑下してたけど、そんな風には微塵も感じなかった。

 むしろ、足元の技術が卓越してるので、迂闊に足を出せなかったし。


 ボコボコにされた身ながら、アドバイスをしようとするが何も思いつかない。

 俺は無言になって、鉛汰君の華麗なリフティングをただ見つめていた。


「高槻さんはどうしてサッカー辞めたんですか?」

「辞めたって、何で?」


 鉛汰君はリフティングをやめて、俺の顔をまじまじと見た。


「サッカーの話のとき、よく過去形になっているからです。

 多分、中学まではやってて、高校になって辞めたんじゃないですか?」

「シャーロック・ホームズばりの名推理だね。

 まさしくその通りで、高校入ってからサッカー辞めたんだよ」

「どうして辞めたんですか?」


 俺はベンチから立ち上がると、転がってるボールでリフティングを始めた。

 

「中学最後の大会で色々とあってね。

 それきり、部活でやるサッカーは二度としないって決めたんだ」

「じゃあ、サッカーが嫌いって訳じゃないんですね?」

「朝早く起きて、プレミアリーグの試合観てるからね。

 気楽に遊んだり、観る分には昔と変わらず好きなまま」


 話してる間にも俺はリフティングを続ける。

 こうすることで気を紛らわせれるし、鉛汰君にもとして認識されなくなるだろう。


 俺の昔話なんて誰も興味ないし、知っても雰囲気が悪くなるだけだ。


「そうですか……。

 ところで、急に話変わるんですが、高槻さんとお姉ちゃんってどんな関係なんですか?」

「強いて言うなら、バルセロナとレアル・マドリードみたいな関係かな」

「……真面目に答えないと、豚の頭投げつけますよ」


 姉弟揃って血の気が多すぎる。

 血は争えないんだろうか。


 豚の頭を投げられるのは流石に嫌なので、少し考えた末に少し真面目に答えた。


「何か変な想像してるかもしれないけど、全然大したことないよ。

 碧海さんが絵を描いて、俺がその絵を見るだけの、普通の関係だ」

「絵を見るって……お姉ちゃんがってことですか?」


 鉛汰君は驚きを隠せないようだった。

 何がそんなに驚くことなのか、さっぱりわからない。


「そうだけど……何か変?」

「お姉ちゃんは滅多に自分が描いた絵を、他人に見せないんです。

 俺たち家族でも、見せるのを頑なに拒むほど、人に見せるのが嫌いなんです」


 可能性として、多分見せる意味がないっていうのもあると思う。

 見せたところで、相手はその絵が見えないのだから、色彩も伝えたいことも全て届かない。


 だけど、硝子の場合違うように思える。

 意味がないってことよりも、見せたくない事情の方がしっくりくる。


 俺だけが数奇な運命とやらのおかげで、見ること権利が与えられている。


「多分、恥ずかしいんだと思う。

 どんな人でも、自分の作品を見られるのって少し照れ臭いから」

「そういうものですか」

「そういうものだと思う」


 それらしいことを言って、俺ははぐらかすことにした。

 鉛汰君は納得したように、そっかぁと呟くと俺からのパスを正確にコントロールした。


「高槻さんからどう見えてるか知りませんが、こう見えて俺、高槻さんに感謝してるんです。

 最近になって、お姉ちゃんが少し普通になったので」

「別に俺は何もしてないけど」

「お姉ちゃんは感情表現が下手で、基本無表情で寡黙です。

 それはいつものことなんですが、前までは全てがどうでもよさそうな、死んだ目をしていました。

 俺含めて家族全員心配してました」


 硝子が普通に戻った理由。

 それは、異世界へ行くという目的ができたからに他ならない。


 どうせ家族の前からいなくなるのだから、最後くらい普通でいよう。

 死ぬことが、異世界に行くにすり替わっただけで、この世界から消えるっていう意味では死ぬことと変わらない。


 そのことを家族ではなく、俺が知ってるという事実が罪だ。


「お姉ちゃんが普通に戻ったのは、高槻さんと関わりを持ったからだと思います。

 本当に感謝しかないです」

「マジで何もしてないんだけど……まぁ、素直に受け取っとくよ。

 どういたしまして」


 俺は鉛汰君からのパスを手でキャッチした。


「暗くなってきたし、そろそろ戻ろう」

「そうですね。

 学校の課題やんなきゃいけないし」

「俺も提出期限が切れた課題があるんだった。

 やるのめんどくさいな」

「問題児じゃないですか。

 普通に生きてたら、提出期限までに出せるはずですよ」

「賞味期限と同じで、多少は切れても大丈夫だ。

 それに課題っていうのはワインと同じで、遅らせれば遅らせるほどいい出来になるんだ。

 今は寝かせてる最中なんだよ」

「……色浜高校唯一の汚点」


 鉛汰君は呆れたような蔑むような表情をした。

 その様子が硝子にとても似ている。


 やっぱり、この二人は姉弟だ。


 思わず、苦笑いを浮かべてしまった。



 


 

 







 

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