第11話 王子様の勧誘
「皆さんさようなら」
さようならと挨拶をして、帰りのSHRが終わった。
俺は早く帰ろうとしたが、クラスの仲の良い男子二人に「珪!」と呼び止められた。
サッカー部の松原と八尾だ。
「どうした?」
「いや、ちょっと珪に話があってな」
背の低い坊主の松原が頭を掻きながら、苦笑いを浮かべてくる。
俺はその様子に僅かながら、眉根を寄せた。
何かやらかしたか?
「その、言い難いことなんだけどさ……、あ、えっと、別に俺が言い出した訳じゃないからな!
俺は頼まれたから、こうしてる訳で……」
しどろもどろしている松原を横目に、隣のツーブロックの髪型をした八尾がはぁと深いため息を吐いた。
「珪、ごめん。俺が代わりに話すわ」
「是非、そうしてほしい」
八尾は深呼吸をすると、はっきりとした口調で言った。
「単刀直入に言って、珪、サッカー部に入る気はないか?」
「……その話は前にしたんじゃ」
「部長の大東が、珪を入部させろってうるさいんだよ。
珪さえいれば、強豪校相手にも良い勝負できるってずっと意気込んでてさ」
「大東にそんなに信頼されてるのは嬉しいな。
でも、今からやるにしてもブランクがありすぎて、かえって足手まといになるだけだと思うぞ。
それに、俺は二度とサッカーはやらないって決めた。
大東に高槻はただのカスだったって報告しといてくれよ」
「……そんなにサッカーやりたくない?」
八尾が訊ねてくる。
俺は八尾よりも深いため息を吐いて、八尾と松原を交互に見た。
「部活でやるサッカーはもうやりたくないな。
俺はするよりも観る方が楽しめるし」
「まぁ、そういう意見もあるか
なんか、わざわざ引き留めてごめんな」
「謝ることでもないだろ。
むしろ、しどろもどろになってた松原に謝ってほしいぐらいだ」
「いや、俺全然悪くないでしょ!?
単に珪のサッカー辞めた事情に首突っ込むかもしれないと思って、言いづらくなってただけだ」
松原は俺は悪くないとばかりに、両手を上げてジェスチャーをする。
こんなウザい顔のやつが選手にいたら、絶対俺レッドカード出してる。
「じゃあ、俺らそろそろ部活だから」
「ほどほどに頑張れよ」
八尾と松原は手を振ると、教室から走り去っていった。
八尾も松原も色浜高校サッカー部の主力だ。
俺なんかが入らなくても、今の二年生なら強豪校相手にも戦えるはずだ。
俺は自分に言い聞かせるように考えた。
その時、
「高槻珪ってこのクラスにいるかな?」
入り口のドアから遠い俺でも聞こえてきた、爽やかな王子様系ボイス。
誰か予想しながらドアの方を見ると、サラサラな黒髪の中性的な顔立ちをした男子がクラスの女子に話しかけていた。
女子が俺の方を見て指を差すと、その男は俺の方を見てニコッと笑った。
そして、女子に「ありがとう」と言うと、前の椅子に座ってきた。
「やぁ、珪。
サッカー部に入る決断はできた?」
「やぁって言っちゃうあたり、本当に王子様だな。
日本は王国じゃないから、王子様はいないって知ってる?」
「その様子だと、八尾と松原は勧誘に失敗したみたいだね。
僕が直々に交渉に来て正解だったよ」
やめてくれ、まごうことなき不正解だから。
みんなの王子様が寝取られないかどうか、クラスの女子が監視し始めたぞ。
「部長の
「でも、銀羽から珪と
サッカー自体は嫌いじゃないよね?」
「まぁ、そうだな。
別にサッカー自体は嫌いじゃないし、むしろ好きだ」
「なら……」
「ただ、」
金叶が何か言う前に、俺は先回りして遮った。
「部活でやるサッカーは嫌いだ。
どんなスポーツよりも」
「言い切るね。
何か言い切れるような原因でもあるのかな?」
「悪いけど、これ以上はお口ミッフィーちゃんだ。
俺のプライバシーに関わるから」
口に前で両手の人差し指でバツを作る。
それを見て、金叶はアッハッハッと軽快に笑った。
「珪、ミッフィーのバツは上が鼻で下が口なんだよ」
「え、マジで?」
「ほんと、ほんと。
僕も知ったときは驚いたけどね」
「なんか俺の十六年が否定された気分だ。
リヴァプールの次にミッフィーが好きなんだぞ」
証拠にミッフィーの本名を知ってるのは、学年で俺だけだ。
ナインチェ・プラウス。
オランダ語で、フワフワしたウサちゃんという意味だ。
「ミッフィーの真実よりも、サッカー部の話だ。
本当に入る気はないの?」
「中々粘ってくるな。
申し訳ないけど、サッカー部には何があっても入らない」
「決意が固いね。
しょうがない、今回は諦めることにするよ」
「今回はって、今回が最終回じゃないのか?」
「最終回は珪がサッカー部に入って、ハッピーエンドだ。
それまでずっと交渉し続けるよ」
「八尾と松原にも言ったけど、今の俺が入っても場違いだ。
何でそんなにこだわるんだよ?」
金叶は優雅に髪を掻き上げると、近くで聞き耳を立てている女子にニコッと微笑みかける。
わざとじゃなく、素でやってるのが本当に王子様。
「中学の時、市大会の決勝で珪と銀羽がいた中学に僕の中学は勝った。
PK戦までもつれ込んだその試合で、僕には忘れられない選手が二人いた。
一人が相手チームの絶対的なエースだった銀羽。
そして、もう一人がチームのキャプテンだった珪、君だったんだよ」
あの頃を懐かしむように、金叶は目を細めた。
「チーム一の運動量に、デュエルの勝率が高く、攻守にわたって貢献する。
おまけに、苦しい時に仲間を鼓舞するキャプテンシーも持っている。
直接戦った中で、珪は一番印象に残ったCMFだよ」
「嬉しいけど、俺はただのカスだ。
金叶に褒められるような天才でもなければ、人格者でもない。
嫌なことから逃げ出した、カス以外の何者でもないよ」
そういう金叶の方がすごい。
中学は全国大会に出場してる強豪校で、そのAメンバーのスタメンだった。
公立でイキってた俺とは訳が違う。
「さっきも言ったけど、今日はここまでにしよう。
珪もじっくり考える時間が必要だと思うからね」
「言っとくけど、俺の意思はめちゃくちゃ固いぞ。
イタリアの守備並みに堅いって思った方がいい」
「次交渉するときまでに、サッカー部みんなで戦術を考えておくよ」
金叶は椅子を引いて立つと、爽やかスマイルを振りまきながら退室していった。
俺は本日二度目の特大なため息を吐くと、ダラっと机に上半身を預けた。
サッカー部には絶対入らない自信がある。
死ぬほど嫌な思いをする原因になったスポーツを、全力でやれる筈がない。
一瞬たりとも、あの出来事が頭をよぎらない日はない。
クラスに残っている女子が羨望の視線を送ってることに察知する。
おそらく、『私はサッカー部はマネージャーがいないから金叶君と話せないのに、なんで高槻ごときが金叶君と話してるの!?』と思ってるに違いない。
そ・れ・な!
気まずくなって、スマートフォンを覗き込む。
硝子から五分前にメッセージが届いていて、俺はメッセージを見た。
硝子『三つ目のグラフィティアート創りに行くから、今すぐ校門に来て』
俺は思わず引きつった笑みを浮かべてしまった。
これはまた、赤スプレーの刑確定だな。
俺は『今行く』と返信して、ゆっくりと処刑場へ歩いた。
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