第3話 革命の一員

「植民地独立解放軍」へ志願してからは早かった。俺は女性兵士━━━彼女の名前はジェシー中尉と言っていた。解放軍の中でもエースらしい━━━について行き、艦隊へと案内された。解放軍の艦隊は中々のもので、国連海軍の脱走兵の中に将校がいたらしく、旗艦である空母テルモピュライ、それから軽空母が二隻と、複数のフリゲート艦、コルベット艦に、市民船を戦闘用に改造したもの、さらに多数の補給艦で構成されていた。星の軌道上に浮かぶ艦隊の、空母に案内された際は、あのような入隊にも関わらず皆俺に好意的だった。国連へ立ち向かうなら誰でも歓迎と言うことだろうか。

俺はまず、体力測定と適性検査を受けさせられた。一応希望は出せるが、歩兵か、機械化歩兵(あの骨格状のパワードスーツを着ていたやつだ)、それとも海軍か、歩兵なら歩兵で偵察か、後方支援かはたまた砲兵か前線に出るのかを判断される。俺は反射神経もあまり無かったし、数学もからっきしだった(過去世界では文系のコースだった)から、海軍で宇宙船の操縦桿を握るなんてのは絶対無理だと思った。砲兵も弾道なんか計算出来ない。別にどの兵科を選んだって茨の道なのは明らかだったから、俺は陸軍の一般歩兵を希望として出した。体力測定は単純だった。空母内の運動スペースで走る。タイムを測る。他に柔軟性、瞬発力、筋力を調べた。ジャッカル、フローリアンと始めて会ったのもそこでだ。ジャッカルは何かと俺の面倒を見てくれたし、初期から反乱活動に加わっていたフローリアンは、俺と同室ですぐに意気投合した。

体力測定が終わってから、よくわからない過去世界で言う人間ドックのような機械に掛けられて何かの検査を受けた。検査後で、担当医者が結果を見て怪訝そうな顔をした。そして、一日経って呼び出されたのだ。そこは空母の円形の応接間のようで、部屋にいたのは艦隊総司令官のフォスター中将だった。俺はまさか中将が出て来るとは思っておらず、ひどく驚いた。


「まあ、気持ちはわからんでも無いぞ。落ち着いてくれ。椅子に座って、コーヒーでも飲むか?」


どうやら相当顔に出ていたようだ。


「いえ、まさか中将が出て来るとは思ってもおらず······」


そう言うと中将は笑った。


「いや、そう緊張しないでくれ。中将なんて大層な肩書きがついているが、私も君と同じだ」


そうは言っても、海軍の一番階級が高いものがいるから、緊張するのは当然である。

恐る恐る声をひり出す。


「それで、今回は一体······」


「そう、ケージ。君の体のことだ」


「俺?」


「そうだ。適性検査の結果だ。興味深い結果が出てね。そもそも、何の適性検査だか言われていないだろう」


「そうですね」


「あれは機械化歩兵の適性検査だ」


「機械化歩兵と言うと、あのパワードスーツを着て戦うやつですか」


そう言うと中将はまた笑った。


「君はアームスーツのことを、随分と前時代的な呼び方をするんだな」


そうは言われても、俺のいた過去世界ではパワードスーツなんてフィクションだったから、仕方がない。

中将は続けた。


「君にはアームスーツの異常な適性があった」


どきりとした。思ってもみないことだ。俺は息を飲み、続いてテーブルの上のコーヒーを飲んだ。味は感じられない。


「異常······」


「そうだ。通常、アームスーツは精神を接続して直感的に動けるようにする。これをニューロリンクと言う。戦闘機の神経操縦システムの応用だな。だが負荷が大きい。だから、代わりにこいつを打つんだ」


そう言って中将は何か白色のものが詰まった注射器を置いた。


「これは?」


「これは"フラット細胞"と言ってな。特別な人工細胞だ。これを肉体に直接打ち込み培養することで負荷を軽減する。だが培養にも個人差と限界があるんだが、君は、その······」


中将が言葉を濁す。


「俺が何なんです?」


「君は変なんだ。君の体は完全にアームスーツの適性を示した。百パーセントだ。確かに、細胞が無くともある程度適合する人間は稀にいる。君を連れて来たジェシーがそうだ。だが、こんなことは始めてだ。これは君の自由だが、もしよければ研究部門でちょっと君の体を研究させてもらえないか?」


俺はその事実に、大きな衝撃を受けた(未来に来たことが分かったときほどではないが)。だが覚えはない。ここに来てからも、体は何も弄っていないし、過去世界で何かしたという訳もない。ただ研究は御免である。何をされるか分からない。


「研究は断ります」


「だろうな。まあ冗談だ。それから、君のその首に埋め込まれているものだ。それは何かのチップなのかい」


本当のことを言って、面倒事になるのも嫌だったからそれも適当に誤魔化した。


「とにかく、君には機械化歩兵部隊に入ってもらう。ここが大隊が二つ分しかいない、いわば特殊部隊だ。異論は許されん。それから、君を連れてきたジェシーの中隊へ入れる」


「わかりました」


そう言って俺は部屋から出た。廊下を歩きながら、不安と興奮を覚えた。配属先は特殊部隊である。死ぬ可能性は十二分にあったが━━━英雄願望とも言えるのだろうか━━━俺は自分が特別だと伝えられて、舞い上がっていたのだ。もしかしたら格好良く活躍出来るのではという浮かれた気持ちを持っていた。抑えなければと思ったが、分かっていても抑えられなかった。

途中、ジャッカルに話しかけられた。聞けば、彼も機械化歩兵部隊で、尚且つ同じ中隊だと言う。


「なあ、ところでケージって、お前音楽は何聴くんだ?」


唐突にジャッカルに話しかけられる。過去世界でのことを思い出しながら、話し出す。


「そうですねえ。古いですけど、クラフトワークが好きですね。特に〈Techno Pop〉は名盤だ」


「クラフトワークか。すげえ古いな。クラシックだな」


ここは二千六百年なわけだから、俺が好きだったものも、きっと大昔のものになってしまっている。その事実に、少し悲しさを覚えた。


「テクノですよ」


「そう言う意味じゃねえんだ」


「それで、何をしに来たんです?俺と音楽について語らうためだけってことはないでしょう」


「そうそう。訓練の話だよ。お前、アームスーツの適性は合っても戦闘はトーシロだろ。俺たちだって反乱軍とはいえ、普通の軍隊と一緒で任務以外は訓練してんだ」


「今から早速ってことですか?」


「いや、明日からだ。それだけ伝えに来たのよ。〇六〇〇に第三演習室に集合な。俺が担当する」


「わかりました」


そう言って、俺達はそれぞれ別の居住区の部屋へ帰るため、廊下を別れた。





◇◆◇





翌日、宇宙標準時〇五五〇に、俺は「第三演習室」なる場所の前に来た。艦隊旗艦の空母「テルモピュライ」は相当に大きい━━━元々は国連海軍の主力艦だったそうで、これを奪えたのは奇跡だろう。

三十分前に部屋を出たはずだが、艦内でちょっとした迷子になってしまった。演習室の扉の前に、ジャッカルが待っていた。


「おう、おはようさん。まだ集合時間前だが、きっちりしてんな」


ジャッカルは軽快に俺に手を振る。


「これ、上官に対する挨拶ってどうすればいいんですかね」


俺はずっと疑問に思っていたことを口に出した。昨日の中将との面会で失礼な態度を取っていないか、あのあと部屋で冷静になったら考え込んでしまった。


「まあ、そんなかしこまらなくてもいいんじゃないか?正式な軍隊ってわけでもあるまいし。国連から見れば皆平等に犯罪者なんだからよ。最低限自分の指揮官とか将校には敬語と、階級の後ろに"どの"をつけるとかでいいんじゃないか?」


非正規の軍ではそんなものなのだろうか。俺にはよくわからない。


「······なるほど」


「それから、お前って日本人みたいな訛りの英語を喋るんだな」


「はい?」


急な質問に戸惑った。


「いや、俺の知り合いにも日本領出身で、両親から先祖まで純系の日本人がいるんだ。そいつとか、他にも今まで会った日本人の英語に似てるな。お前、顔はアジア系ってわけでも無いのにな」


「まあ、親しい間柄に日本人がいましてね。親族ともあまり喋らなかったので、そいつのがうつったんでしょう」


完全なその場のでたらめである。我ながらこうもすらすらと嘘を並び立てられるのには内心驚いた。


「なるほどねえ」


ジャッカルはあまり深く考えていないようだった。扉を抜け、演習室へと入る。室内は結構広く、射撃の的、左右には複数のアームスーツなるパワードスーツとAKシリーズを彷彿とさせるバナナマガジンの小銃があった。ジャッカルはその中から、アームスーツを一着選び取って、俺の前へと置いた。


「これはまだ誰ともリンクしていない、予備のスーツだ。国連の連中から奪ったやつだな。今日からこれがお前のスーツだ。ニューロリンクを始める」


「今ですか」


「ああ、そうだ。腕を、足を通して、背中を着けて、ヘルメットを被れ」


そう言われて、俺はスーツを手に取った。ずしりと重量が伝わってくる。足を通して、リストバンド状の固定具を締める。腕も同様だ。配線で繋がれた、フルフェイスヘルメットを被った。ディスプレイの左上に文字列の表示が出る。



新規ユーザーを検出……


名:ジョン・ケージ_


年齢:20_


血液型:AB型_


階級:上等兵_


戦術:キット未接続_


プロトコル1により、識別番号54637921の、

ニューロリンクを開始_



そう表示が出るなり、首元に何かを刺され、急に意識が飛び退いた。思わず体に力を込めて、目を瞑ってしまう。次の瞬間には、算用数字の0と1で画面が埋め尽くされ、情報処理がなされて次第にディスプレイの画面が上、左下、右下の順で明るくなり、演習室の風景が目に入ってきた。



ニューロリンク成功_


脳波:極めて安定_   画面上に表示された。


右腕:接続済_     次に画面右上。


左腕:接続済_     左上。


右足:接続済_     右下。


左足:接続済_     最後に左下に表示され、消えた。



「なんか、変な感じだ······」


「最初はそんなもんだ。まずは体を慣らすために、軽く歩いてみろ」


そう言われ、まずは一歩、右足を踏み出す。次に左足足。たったの二歩だが、足がよろけた。

三歩目にはついぞ転倒してしまったのだ。何だか不思議な感覚である。手をついて立ち上がって、次に歩くときは、酩酊状態のような情けないものになりながらも数十歩歩くことが出来た。ジャッカルは何だか感心ぎみだった。


「なんです?さっきから俺のことを興味深そうに見て」


「いや、やっぱりお前は適性があるんだなって」


「さっきからよろけているばかりですがね」


「いや、二回目のトライであれだけ歩けりゃあ十分だろ。俺なんか七回目でやっとだ」


それを聞いて、俺はすごいのだろうかとも思ってしまう。


「そんなものなんですかね。他人を見たことないので、よくわかりませんが······」


「そんなもんだ」


ジャッカルは座ったまま、俺を見てそう言った。その時間は、朝食までアームスーツに慣れるための運動を行った。歩く、軽くジャンプする(最初は着地出来ずに転んだが、すぐに慣れた)、スクワットしてみるなどなどだ。このような動きは、どれもすぐにこなせるようになった。これらも、高い適性というやつからくるのだろうか。

朝の食事の後で、またジャッカルと演習室へ言った。今度は、射撃の訓練だった。解放軍の使用する小銃は、AKシリーズを彷彿とさせる七・六二ミリの口径の銃だった。ジャッカルによると、最初は実弾は使わせてもらえないそうで、模擬弾の詰まった弾倉を投げ渡された。射撃の成績はあまり良くは無かった。

なんとなく射撃はフルオートという偏見のようなものを持っていたが、単発で数発ずつの射撃だった。十数メートル先の的を狙って撃つだけ、動く的もあった。ただ狙って引き金を引くだけ、簡単だと思っていたが、全く違った。アイアンサイトは狙いづらい、模擬弾とはいえ反動にも慣れない。狙った通りに弾が飛んだのかもよく分からなかった。ジャッカルはスーツの時とは打って変わって微妙そうな顔だった。

小銃の分解と組み立ても行った。ジャッカルに小銃を貰った時、「これをお前の彼女だと思え」と言われたのが印象的だった。

そこから数週間、アームスーツと射撃訓練に費やされた。解放軍は人手不足でも、素人の新兵をいきなり戦場へ放り出すようなことはしないのだ。訓練で個人的に印象深かったのは、戦術ブーストの訓練だろう。

戦術ブーストとは、スーツ背面に取り付ける三基のジェット基で、機械化歩兵の本懐たる機動的な動きを可能にするものだ。ブーストで俊敏に移動したり、高く飛び上がるなど三次元的な動きが可能になる。通常、機械化歩兵は特殊作戦でもない限りはこの戦術ブーストを使用するそうである。期間中に、よろけずに歩く、走る、ジャンプすることが可能になった。ジャッカル曰く、「異例の成長スピード」だそうだ。



その日、俺は食堂でジェシー中尉と鉢合わせた。お互いに銀色のトレイを手に持っていた。思えば、ジェシー中尉とは最初のメガラニカと、部隊配属の時の軽い挨拶しか交わしていなかった気がする。それに中尉は、食事どき以外でヘルメットを外したのを見たことがなかった。中尉はボブカットで、顔立ちは誰が見たって整っていた。俺は最初に、中尉に単純にカッコいいという印象を抱いた。


「あ、中尉どの。こんにちは」


「ん?ああ、貴様か。何か用か?」


「いえ、特に何も。ただ見かけたので、よかったら食事を一緒に、とか考えて。それに、俺達同じ部隊なのに、あまり会話をしたことがないと思いまして」


「そうか。確かにそうだな」


鋭い声である。俺と中尉は、自然に同じ席へと向かい合って座った。座ったのは食堂の一番北側の端の席だ。特に理由はない。


「これからはよろしくお願いしますよ。まだ戦場では右も左も分からないですけど、訓練は順調です。胸を張って言えます」


ちょっと冗談っぽく言ってみたが、中尉からは一言「そうか」だけだった。寡黙な人なのだろうか。

しばらく沈黙が続いて、それを中尉が破った。


「ところで、貴様、アームスーツに百パーセントの適性を示したそうだな。フラット細胞も培養せずに、私よりも大きい」


俺はポテトサラダを飲み込んで答えた。


「そうらしいですね。アームスーツ訓練では実感してますけど、俺にも何が何だか」


「貴様、幼少期に何かあったりしなかったのか?」


「?いいえ。特に何もありませんでしたけど」


幼少期も何も、俺はそもそも過去の人間である。それを聞いた中尉は、またもや「そうか」と言ったが、今度はどこか残念そうだった。


「どうしました?」


「いや、貴様と私は同じかもしれないと思ったもんだが······いや、忘れてくれ」


「は、はあ」


そんな会話をして、その日は中尉と分かれた。惑星パンゲアヘの派遣が決定したのはそこから三日後のことだった。

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未来へ転生した俺が、戦争で英雄になるまで 佐良 @sar4

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