未来へ転生した俺が、戦争で英雄になるまで

佐良

資源確保

第1話 戦争兵器を纏った男

惑星パンゲアは、第二太陽系で一番開拓の進んでいない星だった。山岳地帯が多くて、鉱山資源の豊富な惑星だ。その日も地球の国連軍どもの見慣れたドローンが飛んでいた。別に鳥よりも多いドローンが飛行しているのはいつものことだったけど、その日はわけが違った。最初の星で農作業をしていた頃に、四本脚の害虫がそこいらを埋め尽くすくらいに大発生していたことがあったが、それに似ていた。

国連軍のドローンは、俺たちがいつも「カミカゼ」と呼ぶ自爆攻撃をしてくるか、あるいは燃料気化爆弾を落としてくる、厄介な存在だった。その日は、昼間のはずなのに、周囲五百メートルほどにわたって空が黒一色だった。

第二機械化歩兵大隊の内、一つの中隊の中の小隊の、さらにその中の俺たちの分隊は、塹壕内でたいそうパニックになった。誰も彼も(もちろん自分も)大声を上げて、掩壕の中へと駆け込んだ。地上からは絶え間なくズドンという音が響き渡り、時々金属音も鼓膜を震わせた。適度に乾いた土の洞穴に、俺たちは座り込んでいた。俺たちが屈んで入れるくらいの大きさの入口から、光が入り込んでいた。目の前で、同分隊のフローリアンが旧式の紙巻き煙草を吸い出した。


「おい、煙草くさいぞ。フローリアン。穴ににおいが立ち込めるだろ」


俺は暗闇の中、煙草の火だけちらつかせるフローリアンにそう言った。フローリアンは一服してから、


「うるせえ。俺は安定剤や興奮剤なんか使うのはごめんだね。これが俺の唯一の心の拠り所だ。落ち着くためだけにあんな大量のクスリ使うのは、全宇宙でお前だけだぜ、ケージ」


「受動喫煙って知ってるかい?」


「俺たちに煙草で壊れる肺はもう無いっての」


フローリアンは俺の言葉を鼻で笑った。まあ、実際兵士たちの肺はとっくに人工物になっていた。


「生憎、俺の肺は何も弄ってないんだ。煙たいのは勘弁してくれ」


どれもこれも戦争のせいだ。

いや、正確には俺たちを弾圧する第一太陽系の国連軍のせいだ。長時間の行軍や作戦行動に耐えられるようにと、大半の軍人が肺を人工器官に変える。ここらの義体産業は戦争特需できっと大儲けだろう。俺たち独立解放海軍艦隊の第二機械化歩兵大隊は、第二太陽系にある国連の植民惑星だった星の一つ、惑星パンゲアの南半球最後の陣地を守っていた。

北半球はというと、二週間前に最後の基地が敵歩兵隊に陥落させられた。つまりは、ここを失えば俺たちはパンゲアを完全掌握されるのだ。

そもそも、最初からパンゲアを守り切るなんて無理な話だった。出来る限りの防衛を命じられた。タイミングを見計らって、軌道上の艦隊が撤収船を出してくれる手筈だったが、敵が揚陸した対軌道兵器と苛烈な艦隊の攻撃で、俺たちは置き去りにされてしまった。


俺たち「植民地独立解放軍」の陸海総戦力を合わせたって敵戦力の三分の一にも満たない。

大隊は連日のドローン攻撃で壊滅寸前。艦隊と通信を取ろうにも、ヘルメットはもちろん、簡易星間通信ビーコンも繋がらない。俺たちは分隊規模で、暗い掩壕の中項垂れていた。ジェシー中尉は諦めずに暗闇のビーコンへ必死に呼びかけているが、応答は無い。

それぞれ両隣のフローリアンとジャッカルは完全に諦めモードへと突入していた。掩壕内は本当に、それ以上ないほど真っ暗闇だった。直接ではないが、部隊内に漂う諦めモードのせいか、なんだか空気がジメっとして重い。鈍重な空気は士気が著しく下がる。外では爆発音が休憩も忘れて音を奏でている。頭がどうにかなりそうだ。掩壕の土壁に手をつくと、そいつはほろほろと崩れていった。目視出来ないが、デザート迷彩に包まれた手は砂っぽかった。グローブ越しに、そういう感触があった。俺の左側では、ジャッカルがさっきから「あ~」とか「う〜」とか、言葉にならない音を発していた。


「ジャッカル、うるせえぞ。お前のせいで眠れやしねえ」


フローリアンの声が聞こえた。


「なんで今寝る必要がある?」


「いつでも眠れる時に寝てた方がいいだろ。ドローンが来るまで、一日四時間も寝れなかったんだぜ」


「ああ、くそ。こんな負け戦、参加するんじゃ無かったぜ」


ジャッカルはフローリアンを無視して言った。

そんなのはここにいる全員が思ってる。


「戦場は決められないぞ。ジャッカル」


「んなこたあ知ってるよ。俺が言いたいのは、解放軍に入らなきゃよかったってことだよ」


「もう遅いぞ」


俺がそう言うと、ジャッカルの軽いため息が聞こえた。次に聞こえたのはノイズ混じりの女性の鋭い声だ。


「お前たち、うるさいぞ。全く、こっちは星間通信を試みてるって言うのに、お前らときたら。国連軍からお前らの口を塞ぐものを鹵獲したらラッキーだな」


「連中がそんなもの作ってるわけないでしょう。資源の無駄ですよ」


「お前が口答えしなければいい」


「怖いっすよ、中尉」


「生理だからな」


「本当に冗談がキツいっす」


打って変わってフローリアンは間抜けな声で言った。

中尉の姿は見えないが、ビーコンをバンバンと叩いていることが伺える。またフローリアンが言った。


「土ん中じゃ通信なんて出来ないですよ、中尉どの。外に出ないと」


「じゃあお前が外に出るか?私は構わん。うるさいのが一人いなくなるからな」


「冗談です。ジョークジョーク」


「冗談は面白くなければ価値が無い」


そんな会話を尻目に、俺は腕の震えを感じ取って、背嚢から安定剤の注射器を取り出した。

安定剤は明るい薄緑色で、蛍光色なため暗闇で若干光っていた。注射器の針を右腕の太い静脈へと打ち込んだ。針による少しの痛みの後、すぐに震えが止んで心が落ち着きを取り戻し、体中に広がった。

その後、背嚢からさらに正方形の固形の携帯食を取り出して食べてから、体感で一日ほどを掩壕内で過ごした。音が止んだのは、入口がもう一度明るくなってからだった。





◇◆◇





「うおっ、こいつぁひでえや。塹壕が跡形もなく」


最初に掩壕から出たジャッカルが言った。

実際、外はひどいものだった。塹壕は最低限の形だけ残って、ドローンの残骸と硝煙、砂埃が舞い上がっていた。それから、不幸にも逃げ遅れた同連隊の兵士の死体もちらほらあった。どれもこれも血が赤黒く固まって、目は見開いて、小銃を抱き締め倒れていた。

絶望的な死に顔だった。表情さえ確認出来ないやつもいた。俺はそれを目に入れて、今までに無いくらい手が震えた。鼓動がいつもより早かった。全身が脈打っていた。胃から酸っぱいものが込み上げて来て、ぐっと飲み込んだ。それから、また安定剤を取り出して打ち込んだ。


「ジェシー中尉、アトランティス星系に撤退していた艦隊と繋がりました!」


「じゃあここの陣地の座標を伝えろ。他のやつは生き残りを探すんだ」


「了解」


それから、一緒に隠れていた兵士たちは他の生存者を探すため塹壕の左右へ散らばった。なんだか全身の力が抜けるような気がして、俺はその場に座り込んだ。深呼吸すると、少し落ち着いてきた。ふと見上げると、透き通るブルーの空の色が目いっぱいに入ってきた。不定形な雲がぽつりぽつりとあって、パンゲアの第一衛星が遠目で見えた。すると煙草のにおいが鼻を流れて、突然肩に手を置かれた。


「何黄昏れてんだと思ったら、お前、これが初陣だったな。災難だよ、生き残っただけ運がよかった。パンゲアを落としちまった。俺たちは敗北続きだよ。この戦争、本当に勝てんのかねえ······」


「フローリアンか。くそっ、俺もこうやって死ぬのかな」


「碌でもねえこと言うなよ。俺たちは生き残るんだ。何があってもな」


「くそみたいな気分だ」


「みんなそうだ」


フローリアンの目は遠かった。紙巻き煙草を燻らせ、煙を吐いていた。


地球、もとい第一太陽系の植民地だったここ、第二太陽系の惑星群が独立戦争を始めてから一年。ついこの間まで一介の農家だった俺が「植民地独立解放軍」に拾われてからの初陣は、散々なもので終わった。第一太陽系の「国際連合軍」との戦力差は依然大きく、独立解放軍の総戦力は国連軍の三分の一にも満たない。この戦争に、一体全体勝ち目はあるんだろうか。そう思わずにはいられなかった。

撤収船が来たのは、それから数時間後のことだった。簡易星間通信ビーコンに連絡が来て、それから垂直離着陸輸送機が三機、大気圏を抜けるなりジェット推進から切り替えてローターを露出させ、上空から来た。

結局、大隊で生き残ったのは一個小隊ほどの人数だけで、俺たちは大敗を喫した。パンゲアは放棄せざるを得ないだろう。ガンメタリックカラーの三機の撤収船は、それぞれが分かれて着陸せず、両翼のローターによってある程度の高さで滞空して扉を開いていた。


「ほら、早く乗れ!」


開いた扉から、一人のライフルマンが手招きして大声で叫んでいた。俺たちはそれぞれ最寄りの撤収船へと走り出した。機械化機動歩兵の身につけている骨格状のアームスーツが、微小の駆動音を鳴らした。

アームスーツのおかげで軽々と走ることが出来た。関節部分から流れる安物の人工オイルのにおいが、ヘルメットの隙間から流れ込んで、風で後ろに流れて行った。これらは最前線で過酷な戦いに赴く機械化機動歩兵の数少ない特権だ。においはそうとは言わないかもしれないが。まず最初に、前を走っていたジャッカルがブーストジャンプで撤収船へ飛び乗った。次に俺がブーストをしようとしたときだった。


「カミカゼだ!」


誰かの叫ぶ声が聞こえた。

次の瞬間、ジャッカルが乗った撤収船の左翼に、高速でドローンが激突した。ドローンはローターに巻き込まれ、轟音を立てて爆発。オレンジの炎を巻き上げて撤収船は墜落してしまった。草むらに墜ちて、さらに火の柱を上げた。俺は咄嗟に倒れ込んだが、数秒ほどその場で固まった。ジャッカルは?今ので死んだ?

あまりに唐突な出来事で、思考はガチガチと固まった。呆気なかった。今度は別の叫び声。


「国連軍のマシンソルジャーが来やがった!」


そうして頭上を銃弾が飛び交い始めた。





◇◆◇





頭の上で、ヒュンという音が絶え間なく鳴った。乾いた銃声と、ヘルメット内無線から聞こえる罵声がすべてだ。通信衛星が監視でもされていたか。肝心の俺は、無線の混乱を感じ取って、完全に怯えていた。頭を上げれば死ぬかもしれない。そんなのは嫌だった。マシンソルジャーは厄介だ。奴らは名の通り機械で、銃声の中だって構わずやってくる。対アームスーツ用の徹甲弾を持って、機械的に俺たちを狩るのだ。そしてジャッカル。彼がもういないことくらい、新兵の俺にだって分かった。ついさっきまで笑いあった仲間が、車のタイヤくらいのサイズの飛行物体に吹き飛ばされたのだ。俺の呼吸は震えていた。人生で一番大きな心臓の鼓動を感じた。そうだ、安定剤。思い立って、うつ伏せのまま背嚢へと手を伸ばそうとすると、それを誰かに掴まれた。

そうして俺は引っ張られ、起き上がらせられた。


「よかった。生きてたか、ケージ」


俺を引っ張った男のヘルメットには、コブラのイカしたステッカーが貼ってあった。分隊のアレックス軍曹だった。


「アレックス軍曹。いや、すみません······」


「いいんだ。お前、新兵だったよな」


アレックスはそう声を掛けてくれた。

俺はまだ火の手の上がる、撃墜された撤収船へと足を向けた。


「おい、ウォルター。今戦いが始まってる。どこに行くんだ」


「ジャッカルを助けないと」


訂正しよう。俺はさっき、ジャッカルがいないことくらい、分かっていると思った。でも違った。俺はまだジャッカルを信じてた。当然だ。俺が独立解放軍に入ってから、ジャッカルは先輩だった。今回までは前線に出ず、ずっと空母の中での生活だったけれど。


「やめろ」


アレックスは俺に端的に言った。


「でも、ジャッカルはまだ火の中にいるかもしれない。助けないと」


俺は震える声で返した。アレックスとの会話は、どう見たって俺が劣勢だった。


「そんなことをしてる暇は無い。次の撤収船が来るまでに奴らを片付けないと、またこうなるぞ!次は船が来ないかもしれないな!とっととマシンソルジャーを片付けて、今は逃げるんだ」


アレックスは急に語気を荒げた。俺はそれに従うしか無かったのだ。周囲に遮蔽物らしい遮蔽物は無い。辺り一面のサバンナで、歪んだテクスチャのような木がぽつりぽつりとあるばかり。意志の無いマシンソルジャーたちは、固まってずんずんと進んで来ていた。

機械化機動歩兵たちも小銃で応戦する。上空はドローンが見えた。最後の撤収船の開いた扉から、ドアガンナーが五十口径の固定機銃でドローンを撃ち落としている。しかしそれも左右からのカミカゼで撃墜された。また轟音が鼓膜を揺らした。別の場所では、ジェシー中尉がマシンソルジャーの合金の腕を掴んで、巴投げしていた。


「ウォルター、とりあえず周囲を確保するぞ!」


俺は口から空気を吐いて、


「了解」


震えながら答えた。

独立解放軍の使う七・六二ミリの小銃の安全装置を解除して、滑るような動きでトリガーに指を掛けた。陣地に置いていた百二十ミリ迫撃砲の炸裂によって煙の上がる前方へ、とりあえず三発ほど撃った。

もちろん、倒したかなんて分かりはしない。

すると煙の中から、三体のマシンソルジャーが三角形状に並んで出て来た。手には短機関銃を持っている。遮蔽物は当然無い。非常にまずい。俺は慌てて小銃をフルオートで目の前のマシンソルジャーへ向かってぶっ放した。機械化機動歩兵用の標準アームスーツは、フルオートの反動だっていとも容易く制御することが出来る。タングステン弾芯の徹甲弾が右側にいる一体を貫通して、そいつは火花を吐いて仰向けに倒れた。弾切れだ。弾倉を変えないと。そう思ったが、今度はあっちのターンだ。二つに銃口がこっちに向いた。マシンソルジャーの頭部識別レンズが、赤色に冷たく光った。死ぬ前や、手練れの兵士なんかは周囲がスローモーションになるとかよく言われている。走馬灯を見ることもあるのだとか。

俺はそんなこと馬鹿げていると思っていたが、走馬灯はともかく本当にスローモーションで、呑気にも驚いた。それは一瞬で、熟練の機械化機動歩兵ならブースターでも使って動けるのだろうが、俺はこれが初陣の右も左も分からぬ新兵なのだ。俺は動けなかった。でも、死ぬことも無かった。突然、横から勢いよく誰かにどつかれて、俺は草むらの地面に倒れ込んだ。

二秒前まで俺がいた場所を、マシンソルジャーの短機関銃の弾丸が疾走して、空を切った。


「お前、何突っ立ってる!」


俺を助けてくれたのは、ジェシー中尉だった。

突っ立ってたのはたった数秒ほどだったが、声には出さなかった。中尉はすぐに、正確な射撃で残り二体のマシンソルジャーを倒した。


「すみません、中尉どの。助かりました」


「しっかりしろ。お前はテストでどの機械化歩兵よりもでかい適合性を叩き出してるんだから、それを見せてみろ」


「でも俺は······」


「口ごたえするな。とっとと機械人形どもを片付けるぞ」


ジェシー中尉はそう言って俺を引っ張り起こしたあと、銃声のする方へ走って行った。

あの戦闘狂中尉め。幾ら高い適合性と言っても、俺は新兵だぞ。初陣で大活躍出来る兵士なんかいる訳がない。そう文句を言いたかった。

徹甲弾の詰まったバナナ型の弾倉を取り替えると、マシンソルジャーの駆動音が聞こえた。


「ちくしょう!」


俺はやけくそにそう叫んで、音の在処へと銃口を向けて、撃った。手応えがあるかは分からない。そのうち、またすぐに煙の中から一体出て来た。突然のことで、俺は慌ててフルオートで撃つ。すぐに弾は切れて、どれもこれも素っ頓狂な方向へ飛んで行った。不良品じゃ無いのか?これ。敵が銃口を向けてきた。俺は決死の思いで叫んで、アームスーツの背面の三基の小型ジャンプジェット基を蒸した。ブーストで一気に距離を詰めて、マシンソルジャーへとタックルをかます。

一緒に倒れ込んで、先に起き上がったのは俺の方だった。敵は短機関銃を持った冷たい人工操作腕を動かして、俺に銃口を向けようとしたが、アームスーツの脚部をフルスロットルで足を振り下ろす。

腕を踏んづけて、太腿部分のホルスターから大口径拳銃を取り出して頭部を複数回撃った。

これが実戦で始めてブースターを使った時だった。

こいつは良い。

機動的に動くのは機械化歩兵の本懐だと言うことを、俺は改めて理解した。


「撤収船だ!今度こそ撤退する。これを逃したら、もう帰れないぞ!」


中尉の叫び声だ。

俺は急いで走って、危険地帯から撤収した。


どうしてこうなったんだろう。

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