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第1話

「っ、ヤバい」


マナーモードにしていたスマホが振動している事に気付き、はっとしてスマホ画面の時刻を確認した。

家に帰らないといけない時間が後10分も無いことにサアッと血の気が引く。


早く帰らないと!


急いで会計を済ませ、駆け足でお店を出た。






息を荒らげながらも急いで玄関のドアノブに鍵を差し込む。

ばっと勢いよく開けた扉の先に見えた彼の姿にひゅっ、と息を呑んだ。



「蘭、遅いよ……俺を捨てるつもりだったの……?」


「あ、碧くん……」


青白い顔に涙を浮かべ佇む姿に愕然とする。

そして碧くんが手に持っているカッターに身体が震えた。


刃先には血が付いていた。


そして碧くんの白い肌の手首には何ヶ所も切った痕と共に赤い血が垂れていて。

うっ、と嘔吐きそうになったけどグッと堪えて震える足で彼に近寄った。


ポタポタと垂れる血は服から床にも付き、ツンと鼻を刺す血の臭いに泣きそうになった。



「碧くん手当しよう」


そっと碧くんの手を掴むと、彼の手が冷たいことに気付く。

あぁ、私がここを出てからずっとここで待ってたんだ。

もっと早く帰ってあげれば良かった。



「……蘭お願い俺を捨てないで。蘭が居ないと駄目なんだ。蘭が俺を捨てるなら……殺して」


「碧くん捨てるわけないでしょう? 碧くんは私の大切な恋人なんだから」



血が出てるのに気にもとめず泣きながら私に縋りつく碧くんの背中をそっと優しく撫でてあげる。


(……。この服、捨てないとなぁ……)



碧くんも私の服も血が付いてしまったからもう着れないだろう。

洗濯しても多分、ここまで付いちゃったら落ちないだろうし。



「蘭、お願い今すぐにでも抱かせて。蘭がちゃんとここに居るって実感させて」


「えっ、ま、待って、碧くんっ! ここじゃ駄目だよ」


「嫌だ。今すぐじゃないと。蘭を抱かないと……孕ましてしまえば……蘭は俺を捨てられない……そうすれば蘭を俺だけのものに……」



私の制止の言葉なんて聞こえていないとばかりに小さな声で呟き、私の服を脱がそうとしてくる。

玄関で抱かれるわけにはいかなくて、虚ろな目で抱いてこようとする碧くんの頬を両手で包んだ。



「碧くんっ!!」


「っ、蘭……」



大きな声で碧くんの名前を呼ぶと、ハッとしたように目を見開いて。

そしてクシャりと顔を歪め、切れ長の瞳から涙を零した。

目の下にある隈に彼が眠れていない事実に虚しささえ感じてしまう。

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