第23話
「春香……」
たまらず春香の胸元に顔を寄せ、鼓動を聞く。
ちゃんと生きてる。
目の前にずっと待ち焦がれた春香がいる。
ようやく、ようやく……俺は生きていられると実感する。
暫くの間、そうしていると。
「うわ、何やってんの」
詩音が戻ってきたらしい。
渋々と顔を離して、振り返る。
「戻ってこなくてよかったのに」
ボソッと小さな声で言ったつもりだったが、詩音には聞こえていたらしい。
「全ー然来ないからハルちゃんになにかしていないか心配で来たに決まってんでしょ。抜けがけ禁止!」
「抜けがけしたのはどっちなんだか。……、春香はいつも通りだった?」
「んー。まぁ、まだ環境に慣れてないからあまり元気じゃないかなぁ」
「そう。そんなの……おかしい」
俺たちに囲まれているのが幸せな筈なのに、何で春香は辛そうな顔ばかりなんだろう。
だって俺たちは幸せだ。
だから、春香も同じ気持ちじゃないとおかしいのに。
「いつまでそうしてんの。寝かせておくって言ったのは蓮音なんだから早く離れなよ」
ヘラヘラ笑いながら言っているけれど、声が低いことから詩音が怒っていることが分かる。
もっと触れていたいけれど、これ以上詩音を怒らせた所でいい事がないことはわかっている。
聞こえるように嘆息をして、春香から仕方なく離れた。
【春香side】
「…………、」
目の前にあるのは私の大好きなチーズケーキで。購入したくても隣町で中々買いにも行けなく、更に値段も張ることながら滅多に食べられないお店のケーキだ。
いつもだったら喜んで食べるけれど、これを買ったのは私ではなく詩音。
蓮音に抱き潰され、先程目を覚ました所にリビングまで連れてかれた。
ニコニコと笑う蓮音と無表情の詩音が私をテーブルの椅子に座らすと、目の前に置いてきた。
向かい合って2人からの視線を強く感じる。
緊張からゴクリと唾を呑んだ。
「春香の為に買ってきたから、食べて」
「私の、為……」
「それを食べれば笑顔見せてくれるよね?」
「えっ」
予想もしていなかった発言に、困惑する。
笑顔って……。
「そうそう! ハルちゃんの笑顔が見れないからわざわざ詩音が買ってきたんだよ? だから、早く食べて僕達に笑顔を見せて!」
「早く食べて」
詩音も蓮音も何も分かっていない。
私が笑えなくなったのは、他でもない貴方たちのせいだというのに…………。
好物を前にした所で笑えるはずもない。
ろくに知らなかった2人にこの部屋に監禁されて、恐怖しか感じないし無理やり抱かれるのだって嫌だ。
絶望しか感じない中、笑顔を見せてと言われて出来るものではない。
「……、」
でも、きっと食べないと2人は満足しないし何をしでかすか分からない。
震える手でフォークを掴み、1口大に切る。
恐る恐る口に運ぶと、チーズケーキの甘酸っぱさが広がるけれど幸せな気持ちにはなれなかった。
とても大好きなお店のケーキなのに。
1口を食べただけでもう限界だった。
「ごめん、なさい……もう、」
「ーー要らないって言わないよね?」
「っ!!」
「春香、早く食べて」
低い声がしてヒュッと息を呑む。
怒っている。
詩音を見ると、フッと口元に笑みを浮かべた。なのに、目が全く笑っていない。
頬杖をついてじっと見つめてくる詩音に血の気が引く。
「あっは。ハルちゃん、ダメだよー。詩音怒らせちゃぁ、もう遅いけどね」
クスクスと人の悪い笑みを浮かべながら、蓮音がわたしの背後に周る。
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