第4話

「痛くないわけないよね。こんなに血、出てるし」



唇を親指で拭われ、指を見ると。血が付いていた。

ジンジンと痛む口内に顔を顰めた。


痛いのは苦手だ。そもそも痛いのが好きだと思える人は殆どいないと思う。


なんで噛まれなきゃいかなかったのか分からず、大翔を困惑した顔で見つめる。

すると、何故か嬉しそうな顔で笑った。



「や、大翔………」


「痛いよな。でも、俺はもっと痛かったし、苦しかった」


「どういう、こと……?」



大翔の言っていることが分からず戸惑う。何で大翔が痛いなんて言うの。負傷したのはどう考えたって私の方なのに。



「いつまで待っても優香が帰ってこないから、心配で心配で。電話しても電源切ってて繋がらないし。その間、苦しかった」



胸を押さえて、大翔がソファーから立ち上がる。

無意識に後退りしてしまうと、眉を顰めて大翔が歪んだ笑みを浮かべた。



「だから、ね? 優香にもこの痛みを感じて欲しくて、噛んでみたんだけれど。だけど、そんな痛みじゃ全然足りないんだよ」



怖い………。大翔が怖くて堪らない。

逃げようと後退りする度に近づいてくる大翔に涙が零れる。



「ひっ!?」



トンっと当たった硬い感触にか細い悲鳴を上げると、背中に壁が当たったことに気づいた。

更にとん、と顔の両脇に手が添えられたこに身体が震える。



「は、はは。おかしーな。優香と俺は付き合っているのに、なんでそんな怯えてんの」


「やっ、ごめ、ごめんなさいっ。ごめんなさいっ」


「ははっ。いいよ、謝らなくて。どうせ、優香は悪いと思ってないんだから」


「っ!」


「悪い子には、仕置が必要だよね。そうだろう? なぁ優香」



仄暗い瞳を向ける大翔に私は恐怖で慄くことしか出来なかった。




ーーーーー

ーーーーーーーー



どうして……どうしてこんなことになってしまったんだろう。


ただ平穏な日々をおくれれば、それでよかったのに。

ズキズキ痛む身体を抱きしめて、涙をぐっと堪える。


ただよかったのは服を着ていることだ。

これで服を着ていなかったら、泣き出していたかもしれない。

部屋の壁に飾っている時計を見ると、深夜になっていた。横を見ると、穏やかな表情で眠る大翔がいる。



月明かりで見える大翔の肌にギグっと身体が強ばる。

肩に赤い引っ掻き傷があった。

それも何ヶ所かあって、明らかに出来たばかりのものだ。


微かに血が滲んでる。

ベッドから降りようとした時。



「何処に行くの?」



静かな部屋にやけに響いた声にビクッとした。

振り返れば、大翔が真っ直ぐに私を見つめていた。



「…、傷ついてるから…絆創膏を取りに行こうとしたの」

「ん?あぁ、これか」



大翔の傷を指さして答えると、大翔が苦笑した。

抱き寄せられて、額にキスされる。



「別にこんなの痛くない。優香が残してくれた傷だから」

「…っ」

「ただ、分かってくれればいい。もう、心配かけさないでってことを」

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