第5話

朝、目を覚ますとすぐ目の前に四条くんの整った顔があった。

息を呑んで固まる。



「ん……。おはよう」


ふっと四条くんの瞼がゆっくり開き、私を見つめとろりと蜜を零すような甘い笑みを浮かべて距離を縮めた。

反応出来ずにいたので、難なく口付けされてしまう。



「ふふ、可愛い」


「ん、四条く、ん待って……」



昨日はずっと身体を繋げていたので、何も身に着けていない。

素肌にシーツが被さってるだけで。

四条くんの手が怪しく動き、素肌を撫でてきたので慌てて手を掴む。


昨日あれだけしたというのに、朝からまたされたら身体が持たない。

ただでさえ、疲労感が凄いというのに。



「ねぇ、その"四条くん"って呼ぶの止めて? 僕のことは尊って呼んで?」



眉根を寄せ、機嫌を損ねたような拗ねた口調で言った四条くんはなんとか手を止めてくれた。

安堵の息をつきつつも、下の名前を呼ぶよう言われて視線を泳がせた。


名前で呼ぶのは簡単だ。

だけど、学校でのことを考えると躊躇ってしまう。


彼のことを下の名前で呼ぶ生徒が、確か1人もいなかった筈だ。

それは何故か。四条くん本人が下の名前で呼ぶことを許さなかったから。


彼に近付くだけで、イジメられてしまう女生徒がいるというのに、更に下の名前で呼ぶようになったら私はどうなってしまうだろう……。


学校では目立たないようにひっそりと日常を送っていたというのに、四条くんと関わることによって目立ってしまうのは目に見える。



「絢子」


「っ! た、尊くん……これでいいですか?」


「うん。本当は呼び捨てがいいんだけど、まぁいいよ。これからは名前で呼んでくれないと返事しないからね」



冷たい視線を向けられると、ヒヤリと背筋が凍るような程恐怖を感じる。


下の名前を呼ぶと、次の瞬間には嬉しそうに顔を綻ばせた。

その変わりように瞳を瞠る。


そんな私にくつり、と喉元で笑うと尊くんはベッドのサイドテーブルの上に置かれた高価そうな時計に目をやりため息をついた。



「残念。もう少しこうやっていたかったけど、そろそろ学校に行かなきゃいけない時間だ。絢子の着替えは僕がやってあげるね」


「え、私自分で着替えられ……」


「これからは絢子のことは全て僕がするから大丈夫だからね。着替えも食事も身体を洗うのも全て僕の手でやってあげる」


「っ!」



そんなの、おかしい。

私は着せ替え人形じゃない。

自分1人で出来ることを何でやってもらわなきゃいけないのだろう。


バッと起き上がり、尊くんから距離を取ろうとしたけれど腰に痛みが響きその場で蹲るしか出来なかった。



「あぁ、ほら。急に起き上がるから」


仕方ないなぁともらしながら、私の腰を撫でてくる。



「わ、私は人形じゃないです。だから、自分で出来ます」


「ん?」



必死に震えながら訴えたというのに、尊くんはキョトンとした顔をした。

しかし、次には微笑んだ。何故そこで笑うのか。



「絢子はバカだなぁ。君のことを人形なんて思うわけないじゃないか。君のことが大切で愛してるのに。」



大切だと言う割には酷いことをしている尊くんは、おかしい。

思わず言いたくなったのをぐっと堪える。

そのことを言ったら、尊くんがどうなるのか目に見えてしまっているから。

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