第14話

「貴様、誰かに恨みを買った覚えはあるか」


大王は資料を熟読する前に、綾瀬幸人に尋ねた。

綾瀬幸人は「うーん」と唸り心当たりを探していたようだったが、ある時ふと顔を上げた。

諦めたような顔をして笑う。


「分かんね。どっかの誰かに、何かの拍子で恨み買っちゃったのかもしんない」


明確な心当たりはないか。


反応を確認し、大王は綾瀬幸人の人生譚が記された巻物に手を滑らせた。

ざっと目を通し、目ぼしい情報はないかと探す。


そして、ある違和感を発見した。


椅子を蹴り上げるようにして立ち上がる。

識と犀が驚いたように大王に目を向けた。

大王はそんな二人に気を配ることなく、綾瀬幸人を見つめた。

慎重に口を開く。


「貴様、今際の記憶はあるか」


死者は通常、自分の死の間際の記憶を鮮烈に覚えているものである。

それが自分にとって一番近しい記憶であり、死と言う現象に遭遇した、特別な記憶だからである。


しかし、目の前の少年は首を振り、にへらと笑った。



「全然」



識と犀が目を見開いた。

大王は、無意識に口角を吊り上げていた。


綾瀬幸人の人生が記された巻物————本来ならば、余白なく文字で埋め尽くされているはずのそれは、途中からばっさりと記録が抜け落ちていた。




実に、5年分の空白である。

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