第10話 頼られないより頼られた方が嬉しい
彼は覚えていないかもしれない。けれど、私は覚えている。あの日のことを。
小さい頃の私は体が弱くて、周りの子と遊びたくても遊べないし、自由に動くことができなかった。
自分が嫌になったことは何度もあった。なぜ私は弱いのか。なぜみんなと違うのか。
「じゃあ、お母さんはお父さんと買い物に出掛けてくるわね」
「私も……いえ、行ってらっしゃい」
小さい頃、私は家族と出掛けた思い出がほとんどない。家で1人は寂しいから連れていってと言いたくても私が外に出て両親に迷惑をかけることはわかってるから言えなかった。
(倒れて、すぐに家に帰ることになるなら私はお留守番するしかない)
そんな日々が続くある日。家族でピクニックに行くことになった。
家から学校の行き来でしか外に出ていなかったためその日は久しぶりのお出掛けだった。
「綺麗」
お父さんに抱っこされて、私は綺麗な花を見て感動した。
私にはまだ行きたいところ、見たい景色がある。いつか誰の助けもいらない、弱くない自分になったその時、私はその場所へと行きたい。
家族3人で昼食を済ませ、少しゆっくりしている中、私は立ち上がる。
「お父さん、少し歩いてきてもいいですか?」
「大丈夫かい?」
「はい。少しそこまで歩くだけですので」
ここからすぐ近くにあるベンチを指差し、近いから大丈夫だろうと判断したお父さんは、コクりと頷き、優しく微笑んだ。
「いいよ。気を付けて」
お父さんからの許可が降りて、私は、ベンチを目指して、花を見ながら歩く。
すると、強い風が吹き、被っていた帽子が飛んでいってしまった。あの帽子はお母さんから誕生日にもらった大切なもの。
自分が体が弱いことを知っていたが、私は帽子が飛んでいった方へと走った。
帽子が地面に落ちたことを確認したとき、私の体力はもうなく、息が乱れ、前に進めなくなっていた。
(……後、少しなのに……)
「これ、君の帽子?」
顔を上げるとそこには私と同い年ぐらいの男の子が、私の帽子を持って立っていた。
「……はい」
「今日は風が強いみたいだからまた飛ばされないようにしないとな」
「はい。ありがとう……ございます……」
帽子を彼から受け取ると私はぎゅっと胸に抱きしめた。大切なものが手元にある安心感で私はそのまま倒れそうになったが、彼が体を支えてくれた。
「大丈夫?」
「大丈夫です。すみません」
誰かから助けてもらったとき、私は私を嫌いになりそうになる。弱いから人に迷惑をかけてしまう。
「歩ける?」
「はい、大丈夫ですのでお気になさらず」
「……そこは素直に無理だって言うべきじゃないか? 俺の腕、掴んでるけど」
「! す、すみません!」
「ちょ、危ないって」
自分だけでは立てない状態になっていて、彼の腕を掴んでいたことに気付き、慌てて離れると倒れそうになるところをまた彼は助けてくれた。
「取り敢えず、休めそうな……あっ、あのベンチに行こう。後ろに掴まれ」
彼は私に背を向けてしゃがみこむ。どうやら背負ってあのベンチまで連れていってくれるらしい。
「いいです……これ以上、他人に迷惑はかけられません」
「……俺は迷惑だなんて一言もいってない。頼ることは迷惑じゃない。困っているなら気にせず頼ればいいんだよ」
「頼る……頼る人間は弱いです。体が弱いからこそ私は弱さを人に見せたくはありません」
頼る人間は弱い。小さい頃、お爺様からそう言われた。だから頼らないようにしてきた。けど、体が弱い私は頼らなければ生きていけない。
今は家族に頼ってばかりだが、いずれ、私は1人で生きていきたい。
「体が弱いからこそそこは頼るべきなんじゃないか?」
「……どうしてですか?」
「いや、頼られないで何かあったら頼られなかったその人は当然君を心配する。そっちの方が嫌じゃないか? 俺は、頼られないより頼られた方が嬉しい」
そう言って後ろを振り返り、彼は私に向かって優しい笑みを浮かべた。
頼ることはダメだと思ってきた。けれど、彼の言葉で頼ることは悪いことではないと、そう思った。
「フェアを求めるなら頼った分は、将来、返せばいい。だから今は気にせず頼ればいい」
「……ありがとう、ございます」
私はそっと彼の背中にぴとっとひっつき、首に手を回す。
「じゃ、ちゃんと掴まっとけ」
「はい……」
カッコいいのにふらふらしながら私を運ぶのでついクスッと笑ってしまう。すると彼は何笑ってるんだと言うので、私は何でもと言って笑う。
誰かと会話していてこんなにも楽しいと思えたのは初めてだ。
「ん、着いた」
背中から降りてベンチへ座ると彼は私の隣に「はぁ~」と疲れた様子で座る。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
***
彼との出会いの思い出を思い出し、紅茶を飲み終えると私は彼の肩にもたれ掛かった。
「西本さん?」
彼は急に私が肩にもたれ掛かってきたので、驚き、顔を赤くする。
可愛いと思いながら私はクスッと笑う。彼のもっといろんな表情が見たい。
「北村くん。今から言う言葉はどういう意味で受け取ってもらっても構いません。返事は必要ありません」
私は体を彼がいる方へ向けて真っ直ぐと目を見る。
「私は、北村くんが好きです」
誰かに取られる前に、気持ちに気付いた瞬間から私は君に告白する。
私とのことを覚えていないだろう君が私の告白に困らせるかもしれないが、それはそれでいい。
あの日、助けてもらったお礼はこれから返します。もう私は弱くありません。1人で歩けます。だから頼ってくださいね。
***
告白された。どういう意味で受け取ってもらっても構いませんと言われたが、これは人としてではなく多分、異性として告白された。
それは彼女の言葉の重みと雰囲気からしてすぐにわかった。
返事は必要ないと言われたので俺は彼女の言葉に答えることはできない。けど……。
どうしたらいいのか困っていると西本さんは、俺の手を握ってきた。
「私が北村くんを好きだということを覚えていてもらうだけで今はいいのです」
「……わかった」
俺はこの時、もしかしたら彼女が相談した時に言っていた気になる人言うのが自分のことではないかと思うのだった。
─────翌日
「北村。相談に乗って欲しい」
今日も前島さんに誘われて一緒に中庭で食べていると少し困った様子の神崎がやって来た。
俺と前島さんは顔を見合わせ、首を横にかしげるのだった。
★『西本栞は彼を愛して愛して壊したい』編完結!次回からは『前島彩葉は言う。負けヒロインこそ真のヒロインだと』編です。
ここからはゆっくり更新していきます。
恋愛未経験の俺、ある日をきっかけにクラスの美少女の恋愛相談に乗って欲しいと頼まれるようになりました 柊なのは @aoihoshi310
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