第2話

ㅤそれから数日が経った雨降りの日の朝、私は会社へとバカの傘をさしてバス停へと歩いていた。


 後ろからチリンチリンと鈍い自転車のベル音が聞こえてくる。


 私は歩みを止め、振り返った。


 あの時の男子生徒が自転車を止め、


「おはようございます」


 と挨拶をしてきた。

 浮かない表情で、視線はバカの傘に向けられている。


 私も「おはよう」と返した。

 

「その傘、この前は押し付けてしまってごめんなさい」


 そう謝ってきた。

 

「いいよ。あの時はこの傘に助けられたんだから」


 愛想笑いをする私に、彼は不愉快そうに顔を歪めた。

 

「そんな傘さして恥ずかしくないんですか!? いつも朝はきれいな赤い傘さしてるじゃないですか! いい傘持ってるのに、なんで、そんな傘捨ててくれないんですか!?」

 

 彼は悔しそうに、早口で捲し立てた。

 

 私はこの傘を捨てた方が良かったのだろうか。ここで使うのは間違っていたのだろうか。


 でも、私はあえてこれを使い続けると決めたのだ。


「私は、このバカの傘を誰かと一緒にさして、この悲惨な傘をバカップル傘にしようと思ってる。それまではこの傘は捨てられない。これは私の夢。バカの傘に一緒に入ってくれるようなステキな人に出逢う! 絶対に出逢う! そう決めたの!!」

 

 この悲しみの傘の中、将来の愛する誰かと相合い傘をしてバカップル傘にした時、この傘と、私の心は浄化されるような気がしたのだ。そして、この彼も。

 

 彼はキョトンとして私の顔を見下ろした。

 一瞬の間の後、レインコート姿で腹を抱えて笑いだした。


 雨降りの景色が、晴れの日のように明るくなる。

 

「バカップル傘。僕も、そうなるよう祈ってます!!」

 

 彼は会釈をすると、自転車をこぎ出し、先を走り出した。


 レインコート姿の彼を見送ると、クリーム色のその背中には、

『バカ』

 と大きな字で落書きがされていた。


 私はその背中に思い切り叫んだ。


「おい少年! 負けるな! 倍返しだー!!」

 

 彼は振り返らず、雨降りの空に拳を突きあげた。

 その姿がとても力強くて、私は、泣きたくなった。

 



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バカの傘 槇瀬りいこ @riiko3

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