第2話

ㅤある日変化が訪れた。

ㅤその日の彼のお弁当は、焼きそばに紅しょうががこれでもかというほどにトッピングされているお弁当だった。


 私のお弁当は、千と千尋の神隠しのカオナシのキャラ弁。


 高校生になってからも、ママは私にキャラ弁を作りたがったけど、さすがにそれは中学生までにして欲しいとキャラ弁禁止令を出していた。


 でも私は、彼のお弁当にインパクトで勝ちたいと思っていたから、昨夜ママにキャラ弁の復活をお願いしていた。ママは気持ち良くそれを引き受けてくれたのだ。

 

 焼きそばの紅しょうがたっぷり弁当を開いた田村くんは、


「うっわ~、麺類か……」


 珍しく気が抜けた声を発した。

 残念そうに顔を歪め、


「これじゃあお茶漬けが出来ねぇよ……」

 

 とても悲しげな声で呟いた。

ㅤその瞬間、私は机をバンバン叩きながらゲラゲラと大爆笑してしまっていた。


 人は不意の笑いを堪えられないもの。

 まるで自宅でテレビを観てくつろいでいるような感覚で、気付けば下品に大口を開けて笑ってしまっていた。……どうしよう。私のイメージが壊れてしまうよ。恥ずかしい!!


 田村くんは驚いたように私を見つめた。

 目が合う。

 私はバツの悪さに全身の毛穴が1.25倍で開く感覚を味わった。身体中が熱くなる。

 そんな私に、彼は優しく微笑みかけてきた。


「牧田さんのような可愛い子がそんな豪快な笑い方するだなんてとても意外だよ! うちのばあちゃんと同じぐらいの愉快な笑い方をするんだな? こっちもつられて笑いそうになったよ!」

 

 それから、私のカオナシのキャラ弁に視線をやり、子供のように瞳を輝かせた。

 

「君のお弁当はいつもすごいのな! 写真撮らせて貰いたいぐらいのクオリティだよ! 弁当にこのキャラ作ろうとした君の母さんも素敵な人なんだろうな」

 

 すっげ〜!! と感動しながら、私のお弁当をマジマジと見つめてくる。


「ありがとう。ママに伝えとくね。とても喜ぶと思うわ」


 田村くんは、私のカオナシ弁当と自分の焼きそば弁当を見比べてから、これでもかという程に沢山トッピングされた紅しょうがが乗っている焼きそば弁当を、ズズズ……! と、気持ちのいい音を立てて豪快に食べだした。


「私もあなたのお弁当、斬新なデザインのそれ、興味深くていつも心に残っているわ」


「そう? ありがとう! それ聞いたらばあちゃん喜ぶよ!」


 確か中二病的いただきましたの呪文の中に、『ばあちゃん』という名詞があったのを思い出した。


「いつもお弁当、お祖母様が作っていたの……?」


「そうだよ。僕の血肉となる食べ物を作ってくれるのは、大抵ばあちゃんなんだ。いつも感謝してる」


「そうなんだ。お母様はお忙しいの?」


「母さんは今天国にいるよ。僕が小二の時に病気でね」


「……あ、ごめん。そうなんだ。私ったら悲しいこと聞いてしまってごめんなさい」


「そんな悲しい顔しないでくれよ。大丈夫だ。心の整理はできてるし、日々幸せだと思って僕は生きてるんだから。今日は麺類で茶漬けができなかったけど、幸せさ」


 私も彼と同じ状況だったとして、こんな風に考えられたかな。……多分、難しいと思う。


ㅤ弁当を作る人、それを食べる人。

ㅤどんな気持ちで作るのか、それをどんな気持ちで食べるのか……。

ㅤ私たちが当たり前に毎朝作ってもらっているお弁当は、愛情を具現化するひとつの手段でもある。私はそれを田村くんから学ばされた。多種多様なお弁当の背景には、食べる人と作る人の世界観が無限に広がっているんだ……。


「田村くんが幸せでよかった」


「ありがとう」


 ズズズ……と麺を啜る彼から目が離せない。

ㅤ私の箸は止まったままで、豪快に食べる田村くんを見つめすぎていたら、彼は居心地が悪そうに苦笑いをした。


「カオナシ食べづらい? 可愛いもんな。食べるの勿体なくなるよな?」


「そんな事ないよ。 ほら」


 私はカオナシの額に箸をぶっ刺した。


「痛い!」


 田村くんはカオナシの代わりに額に手を当てて、ケラケラと笑った。

 私も笑った。

 一口食べて、また田村くんに視線をやった。

 見ずにはいられなかった。

 見るなと怒られるまでは田村くんが幸せそうに弁当を食べる姿を見ていたい。


「そんなに見られると食べづらいよ。僕なんかをそんなにも見つめたら、牧田さんの目が腐ってしまうんじゃないのか……?」

 

「見ずにはいられないの。とても興味深いのよ、田村くんの食べる姿。とても幸せそう」


 田村くんはハムスターのように口の中いっぱいに焼きそばを頬張り、

 

「ばあちゃんの弁当を笑わずに褒めてくれたのは牧田さん一人だけだよ。ありがとな!」


 ハートにズキューンと来る最高の笑顔を私に向けてくれた。


「お茶漬け好きなの?」


 一生懸命に食べる彼に問いかけた。

 

「まあ、いつもの習慣みたいなものだね。どうしてもご飯が余るんだよ。だからついね」

 

 そう言って爽やかに笑う彼の顔を、私は初めてしっかりと見たように思う。


 彼は、こんなにもカッコイイ良い男子だったかしら……?

ㅤ私はあまり人の顔を見て話をしない質なので、その時まで彼がこんなにも爽やかイケメンだとは知らずにいた。


 鼻筋がすっと通っていて上品に高い。

 顎がシュッとして、その輪郭、美術の授業の絵のモデルにもなれそうなお手本の形をしている。

 切れ長の目。なのにヘアスタイルがボッサボサで整っていない。その膨張した髪と長い前髪が、彼の顔面偏差値の足を引っ張っているようでもったいない。それはギャップを大好物としている私からしたらかなりの衝撃だった。

 気づいてしまったからにはもう、私のハートは田村くんにさらに集中し始めた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る