第3話

ㅤ昼休みのグラウンドで、友達と無邪気に笑いながらドン臭くサッカーボールを蹴っ飛ばす田村くん。


 体育の時間、ドン臭くバスケットボールをし、チームの足を引っ張る田村くん。


 いつでも彼のまわりには笑いが絶えなくて、ドン臭い彼を皆が温かく突っ込む日常風景。

 そのボサボサ髪を、もう何度か男子達がわしゃわしゃとかき乱して、

 

「おい田村ぁ~頼むぜ~」

 

 なんて温かく笑われていて。


 私もそんな風に、そのボサボサの髪をわしゃわしゃとしてみたい。気軽にわしゃわしゃとできる男子がうらやましかった。

 

「わりぃ~ゴメンな!ってか、僕にパス禁止!」

 

 そう自虐しておちゃらける彼の笑顔を私にも向けて欲しいと、強く願ってしまった。



ㅤ私があまりにも田村くんを見ているからか、ふと視線を感じで振り返ると、彼と目が合う事が多くなった。


 お互いに直ぐに逸らしてしまうけれど、一日のうちで彼とどれだけ目が合うのか、心の中で正の字でカウントするほどに、私は彼に惹かれていた。


 


 田村くんのお弁当には、週に一度『缶詰の日』というものがある。

ㅤ週に一度は弁当作りが休めるようにと、お祖母さんを気遣って彼が用意する、逆の意味で彼の愛情が溢れたお弁当だった。


 そんな缶詰の日を私は心待ちにしていた。

 彼は日の丸弁当の蓋を開けた後、


「い出よ! イワシ!」と呟きながら缶詰をオープンした。


 いつものように両手を合わせ、中二病的なお祈りの後、美味しそうに食べ始める。


「私、田村くんのユニークなお弁当も、それを豪快に美味しそうに食べる姿も好きなの」

 

 締めのお茶漬けを始めようとする彼に、私は「ストープ!」と叫んだ。


「田村くんコレがあるの! もし良かったら受け取って欲しいの!!」


 私は、シャカシャカと激しく個包装を振りながら、お茶漬けの素を差し出した。

 

「え? こ、これは! お茶漬けの素じゃないか!! しかも大人仕様のヤツ! これを僕がもらってもいいのか!?」

 

「どうぞ。これはあなたが食べるにふさわしいわ。それに私は、お茶漬けを食べる田村くんが特に好きなの。だからぜひ貰って欲しいの!」

 

 私は、私ができる限りの笑顔で、お茶漬けの個包装を陽気に振ってみせた。受け取ってもらえるのか否か、緊張が高まってしまい、シャカシャカがどんどん激しくなってしまう。


 田村くんの瞳は輝いた。

ㅤもしも彼にしっぽがあったなら、間違えなく左右に高速振りをしているだろう。

 

「うっわー! やっぱり牧田さんって優しいのな! 天使のようだよ! めっちゃ嬉しい! ありがとう! じゃあ、遠慮なく……」

 

 彼は私からお茶漬けの素を受け取り、封を切ってパラパラと弁当茶漬けの中に振りかけた。


「神々しい!! 茶漬けの粉が輝いて見えるよ! ありがとう! いただきます!」


 ズズズー!と豪快に掻き込み、

 

「お茶漬けの素ウメー!!」

 

 吠えるように喜んだ。


 なんてかわいい男子なんだろう。

 動物に例えるなら、犬だと思う。

 可愛くて、ドン臭くて、癒し系で、やさしいイケメン犬の田村くん。そんな田村くんに対して、まさかの恋心が芽生えてしまった。私は日々雪だるま式に大きくなっていくこの気持ちを、このまま隠すことなんてできない。


「あのね田村くん。私ね、あなたのお弁当が大好きなの。……それにね、お弁当だけじゃなくって、田村くんのことも好き。なんでかいつも考えてしまうの。あなたのお弁当と、それを幸せそうに食べてるあなただけじゃなくって、そのお弁当の背景込みで田村くんのことが好きになってしまったの!!」

 

 私は、溢れる感情を正直に垂れ流した。

 教室は皆の話し声で賑やかだ。だから私の告白は雑音に掻き消される。

 でもそばにいる田村くんの耳にはしっかりと届いたようだ。


 お茶漬けをかき込んでいた田村くんは一瞬止まったかと思うと、ゴホゴホと激しくムセ出した。


 ムセすぎで、米粒が2メートルも離れた席にいる男子の背中へと飛び、その紺色のブレザーに見事にピタリと貼り付いた。

 まるで漫画のような一コマだった。

 

 私と田村くんは、その誰かの背中に貼り付いた米粒を見てから、互いに顔を見合わせてゲラゲラと笑った。

 

「すごくうれしいよ。僕も、多分同じ気持ちだよ」

 

 彼は顔を赤くしながら、未だにムセの余韻に苦しんでいる。

 

「多分なの…?」

 

「……いや、多分じゃない。絶対だ。僕も牧田さんが好きだよ。君の肉食系っぷりに正直戸惑っているところだ。どうリアクションすればいいのか困ってる。明日は、ばあちゃんにキャラ弁作ってってムチャぶりしたいぐらいに混乱してるよ……」


 動揺している彼にも癒される。

 彼のどんな姿を見ていても、私は自然と笑顔になってしまう。

 

「ねえ今度、田村くんのお祖母様に会わせてもらいたい。あなたのお弁当の作者にぜひ会いたいわ」

  

 彼は、両手を合わせて頼む私に、「いいよ」と優しく微笑んだ。


 彼の周りの空気は何時でもキラキラと輝いて見える。


 彼はきっと、異臭がするトイレ空間でも良い香りにさせてしまう優秀な消臭剤のように、場の雰囲気を浄化して明るくする特殊能力を持っているのだと思う。


「ウチのばあちゃん、強烈キャラだけど大丈夫? まあ、やさしくて面白い人だけど……」

 

 田村くんは何かを思い出すように笑い出した。

ㅤきっと今彼は、お祖母さんの強烈なエピソードを思い出したんだと思う。なんだか楽しそうで、その思考を覗き見したくなる。

 

「強烈キャラのお祖母様、ぜひとも会いたいわ。約束ね!」

 

 私は彼に小指を差し出した。


「オッケー!」

 

 彼は躊躇いもせず、私の小指に、小指を絡ませてきた。



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ユニーク弁当 槇瀬りいこ @riiko3

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