第8話

「望月くん?」


 わたしの方を向きながら確認する菜子さんの顔を見て、じわーーーっとまた、涙が浮かんできた。


 ほっとする菜子さんの顏に、なんとか堰き止めた涙腺がまた壊れ始める。


「は、はい…っ」


「…俺じゃないでしょ」


 問いただす菜子さんが怖かったのか、久保田さんに助けを求めるように、はせくんが隣でつぶやいた。


 はせくんの声を無視して、菜子さんがわたしに寄り添う。


「なにかあった?」


「…っ」


 いえない、口にできない…。


 あの瞬間がフラッシュバックして、悲しい気持ちが押し寄せてくるのに、声に出して、言葉に出して、菜子さんに伝えることが、できない。

 

 いつも、わたしが動けないときに、助けてくれるはせくんが、一息ついてから、言葉を発した。


「キスシーンみたんだよ。洸と彼女の」


 ぶっ…!!!と勢いよく、久保田さんが隣でむせて、菜子さんは、さっきの久保田さんみたいに、ぽかーんと、フリーズした。


「……それは、まあ、なんと…」


「はせ、お前、よく、躊躇なく言えたな…」


「言わないと、先に進まないでしょう。さっきから、俺がどんだけ犠牲になってることか…」


 男たちで団結する中、菜子さんが気を取り直して、わたしと向き合ってくれる。


「…うん。すごく辛かったね。こんだけ泣いて、当然だよ。見たくない場面、いきなり見ちゃって…」


「……」


「望月くんに彼女いることも、知ったんだもんね」


「……っ、はい…」


 彼女がいた、それだけでも、大きな衝撃だったのに…。


 わたしの恋、始まる前に、終わってしまった…。


「だから、俺にしとけって言ったのに」


 また涙が洪水のように湧き上がりそうなとき、はせくんの声が届く。


「俺にしとけって言ったよな。まさに、今日、こうなる前に」


「……それだけじゃ、わからないよ…っ」


 顔をあげたはせくんは、声の感じから、わたしを呆れたように見ていると思ったのに。


 わたし以上に、苦しそうで、悲しそうで、泣きたい顔をしていた。


(なんではせくんが、そんな顔してるの…)


「……、里帆ちゃんは望月くんがすき。はせくんは里帆ちゃんがすき。望月くんと彼女のキスシーンを見ちゃって、混乱中ってことだよね」


「…菜子、めっちゃ傷口に塩塗ってるから、もっとオブラートに…」


「今後、2人はどうしていきたい?」


 久保田さんの提案をスルーして、菜子さんはわたしたちにどうしていきたいかを、聞いてくれる。


「俺?俺はー…、諦めないよ。失恋したなんて、思ってないし。洸よりいい男なのは確実だから」


 自信たっぷり、いつもの俺、に戻った様子で、わたしを見つめるはせくん。

 

 わたしは、はせくんの視線を受けながら、すぐに言葉が出てこなかった。


「…どうしよう…、まだ、わかりま、せん…」

 

 望月くんにだって、思うことが、正直ある。


 好きって感情以外にも、言いたいことが色々出てきて…。

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