黄金林檎の落つる頃

@i_no

























 如何いかなるぢやうなるともじやう


 こんこんじやうこの黄昏たそがれかれなるはしやうにてたれなるか、


 すなはちこたびのあゐぜん幕引まくひきにして二度とは同じゆめの無きこと努々ゆめ〳〵忘るゝことなかれ





























 ——へえ、そんで、そりやいつだつて、


 ——伝奏です? つい今し方と、


 ——するてえと、いや、略法に南風はえへ乗せたと云ふにしちや、


 ——存分経つてをりますが、ね、しかしながら知つて如何いかやうに?


 ——ま、ちげへねえ、


 ——毎度のことでござんせう、このに及び、


 ——権謀術策けんつくやつたとこでなア、次とて同じ卓にくとも知れまいに、


 ——こんなとき、だからでせうがね、身に染みたことをするものですよ、


 ——踊るも見るも阿呆かね、


 ——はてさてなんとも、


 ——へえへ、そんぢや、高みの花見と洒落込まうかね、


 ——馬鹿か烟と云ひますが、


 ——まあすぐ同じになるもんだ、


 ——気の早いこと、


 ——まあサ、そら、めへも立つんだよ、


 ——えゝ洒落くせえ、


 ——はゝ、小癪な、なんてな、ソラそこなものを持ちな、


 ——厭ですよ、


 ——嗚呼いゝかほだ、


 ——はあ馬鹿も休み〳〵に云へつてものだ、畳み掛けて如何どうするんですよ、


 ——なンだいそんなに気が乗らねえか、


 ——厭ですよう、こんなしみつたれ、お耳汚しにもなりますまい、


 ——いつにも身傍みのべに置いてるだらう、大事なもんぢやねえのかい、


 ——厭味は止してくださいよ、なんです妬いておいでですかい、


 ——ハ、かもなア、さすればなんとしてくれる、


 ——くだらない、


 ——興がわいた、


 ——お止しなさいな、たま香紅木くぼくわたりでも百花繚乱お望み通り、金弦銀弦選り取り見取りでありませう?


 ——やだね、そいつにしとくれよ、


 ——えゝ聞かないな、こんなのおんぼろ、まさかまともな音が出ようと?


 ——なぐさみにしてゐるだらう、


 ——知つたやうなことを、


 ——知らないとでも?


 ——……これでも情があるんです、もう指みたいなものですからね、老骨ですよ、耳が肥えたに聴かせようには荷が重い、


 ——余計にそゝる、


 ——数寄者気取りめ、


 ——なんとでも、でなきや手許に置くものか、


 ——こんなもので、……未練が残ると云ふものですよ、


 ——そいつア願つたり、


 ——付き合ひきれん、


 ——な、もういゝぢやあねえか、そんで、忘れず覚えといとくれよ、


 ——厭ですよ、


 ——なんでだよ、


 ——……重いのは、もう厭なんですよ、


 ——俺も抱へていつてやるから、


 ——嘘ばつかし、


 ——わからねえだろ、


 ——だつて今生も!


 ——知つてるよ、


 ——……知るものか、


 ——知つてる、


 ——はつたりだ、お得意の、


 ——知つてるつて、でもそれだけだ、……わるかつた、ながく、


 ——……余計な、今更だ、こんな、今になって、


 ——次は、だからさ、だから、そいつで弾いとくれ、な、


 ——……厭だ、


 ——…………、


 ——……と云つたら、


 ——……そりや同じだよ、かうして、同じやうに、俺が乞ふだけ、


 ——さて、どうだか、


 ——試していゝ、何度でも、


 ——……まあ、また終はらう夜でせうしね、


 ——明ければ今日さ、


 ——遇へれば凶さ?


 ——ばアか、遇へれば吉だらう、


 ——云ひましたね?


 ——あゝ云つた〳〵、取り消してほしくば次の世だ、


 ——覚えてらつしやい、


 ——望むところ、


 ——それで、高みは? もうおよろしんです、


 ——いゝ〳〵、めへがゐれば上等、ま、柄にも無いが、最後くらゐ、見栄みばのましなところにでもと思ふたばかりのことだしな、……やれ〳〵骨の折れたことだ、


 ——いつたい誰の所為ですよ、


 ——なに、さうさな、……畢竟誰とこゝろえたるか、今生この世の黄金くがねの天地にかけ申さん、このがらて所望せり、ひとつ、この夜のこの星を、


 ——ふ、まつたく、さまで云はれうなればさて、……さすればひとつ、音に聞け、
























 さても〳〵、


 ゆめに揺蕩ふ黄金くがねの海に、

 浮かべられたる黄金くがね陸島くがしま

 うづめられたる黄金くがね種子たねはひとつあり、


 黄金くがねの月のあからんで、

 黄金くがねの風の吹き渡り、

 黄金くがねの雨の降りたまうたら、


 黄金くがねの土に黄金くがねの芽吹き、

 黄金くがねの茎を黄金くがね虚天そらにどこまで伸ばし、

 黄金くがねの幹を肥らせて黄金くがねの枝葉を遠近をちこち拡げ、


 黄金くがね染まりの花散らす、

 四方八方七宝繋ぎに黄金くがねの花を、

 黄昏色の蜜色のひかりの色の花散らす、

 誰そは彼、

 彼は誰そとも知れぬまゝ、

 るゝばかりの徒花散らす、

 花に添ふたる影散らす、


 黄金くがねの梢のいつとう高みに至れるに、

 黄金くがねの玉果結果せり、

 黄金くがねりん揺れにけり、




 これはゆめ、


 さきりんかはた蛇か、


 黄金くがねの蛇はゆめをみる、



 

 黄金くがねの蛇の黄金くがねのゆめに黄金くがねりんは咲き実り、

 黄金くがねりん落つればれて、

 黄金くがねの欠片燦爛とれた果殻からよりいち黄金くがねの蛇出づる、


 黄金くがねの蛇が黄金くがねまなこあからせて、

 黄金くがねの蛇が黄金くがねあぎとをそつくりいて、

 黄金くがねの蛇が黄金くがねの舌を延ばすれば、


 黄金くがねの蛇が還りたる黄金くがねのゆめは呑まるゝまゝにうらと転じてうろとなる、

 黄金くがねりん咲いて実つたゆめのひとの名残の仮殻からはその身のうちをさめられあぎととともにひと閉づ、

 黄金くがねりんに醸された黄金くがねの蛇が孵るたび黄金くがねのゆめを喰らふたその身で黄金くがねりん種子たねひとつうづまりゐたるゆめをみる、



 さきりんかはた蛇か、

 黄金くがねりんのゆめを喰らへる黄金くがねの蛇は黄金くがねのゆめの黄金くがねの林檎の実に孵りてはち還る、

 まつさらのゆめをうづめて移らうゆめはうづを映して繰り返す、



 黄金くがねまなこ閉ざされて黄金くがね虚天そらに月のあかればのはじめ、

 まつさらのゆめののはじめ、

 黄金くがねりんた落つるまでののはじめ、









 風に翳しの花細はなぐはし、

 はなしはら〳〵、

 まだ開け初めしまへが実の、




 へんじやうしやうの戀のかたなり実るこの世はじやうよるのゆめの底、

 落ちるゝたび這ひいづる蛇に呑まるゝまでのゆめ、

 黄金くがねの星のゆめみる黄金くがねのゆめのみる黄金くがねのゆめのゆめのまたゆめ、
























 

 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黄金林檎の落つる頃 @i_no

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画