第19話

「こんばんは、今日は、お一人じゃないんですね」


バーのマスターと店内に入った時に目が合って

そう言われる。


僕は苦笑いしながら


「こんばんは」


とマスターに挨拶をした。


この店は、隠れ家的な感じの店で

雑誌に載ったりしていない店だった。

僕は、今の会社を立ち上げた時

たまたま、この店を発見して

それからというもの、仕事帰りに

ちょくちょく寄って帰ることが多かったのだけれど…


コロナ禍のせいで、最近は

あまり足を運べていなかった。



久々に足を運び

しかも、今日は吉田さんという連れがいて

マスターも驚いたのだろう。

この店に誰かを連れてくるのは初めてだったから。


「いつものカクテルで、よろしいでしょうか?」


「お願いします、吉田さんは?好きなお酒あります?」


「スクリュードライバーとか注文してもいいですか?」


「かしこまりました」


マスターは吉田さんの言葉を聞きながら

手際よく、カクテルを作り出した。


「さっきとは、また違って、ここのお店も素敵ですね」


「僕も、そう思ってます。小洒落た感じなんだけれど

落ち着けるんですよね」


「仕事の帰りに立ち寄りたくなりますよね、こういうお店なら」


吉田さんとは、感覚が似てるのかな…

僕がいつも思ってることと同じことを言っている。


「そうなんですよ、良かった、今日は、吉田さんを連れてこれて」


「そうですか?」


「はい、ここには、今まで、誰とも一緒に来たことが無かったんですが

そんな風に喜んでくれるなら、連れてきた甲斐があります」


仕事の延長線じゃなくて、デートだったら、もっと良かったんですけどね。


という言葉を僕は飲み込んでおいた。


本当は、ここで口説いて

社長と、社員ではない関係に持ち込んでしまいたかったのだけれど…


今日が初対面なのに

先走り過ぎだ。


グラスを少し傾けて

アルコールを口にした。

酔い過ぎて、変な事を口走らないよう気をつけなければ。

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