第2話
さっきの魔法というのはつまり、寒さを止めたアレのことだ。
「実はね、さっきの魔法に名前はないのよ。あなたが寒がっているようだったからお願いしたの」
一体何に、と私は思う。それを待っていたかのようにグレイスは自信満々といった様子で手を腰に当てた。
「自分の魔力に」
そこから一拍、息を整えなんとか頭を整理しようとしたが。
「……は?」
整理した頭の中から出てきた言葉は困惑だった。当たり前だ、そんな説明で伝わるわけがない。それで伝わるなら人類はとっくに魔法に溺れていただろう。
「さて、ここで質問よ。私はさっきなんて言ったでしょう?」
言われて私は顎に手を当てる。
「想像の世界にある魔法は想像できないことを再現することはできない……?」
確か、そんなことを言っていた気がする。今の時代ではあまり知られていないとも言っていたけれど。
「そう、それよ。魔法は想像のできないことは再現できない。つまり、想像さえできればできちゃうってことよ」
「あの、それと実際にやってみせることとは話が違うと思うんですけど」
「そう、そこなのよ。だけどそれを可能にするのは圧倒的魔力量と技術力、そして想像力!!」
私、結構すごいのよとグレイスは胸を張る。張る胸があるかどうかはまた別の話だが。
「……私にもできるようになりますか」
「ルミさんならすぐにできるようになるわよ」
だってもうパリィ使いこなしてるし、と恨めしく言うグレイスはただ拗ねているだけのようだった。
「私はパリィ使えるようになるのに100年はかかったのになぁ……」
「いや、そんな年じゃないですよね?」
「まあね〜、私はまだまだ若いわよ、多分」
「多分じゃなくて若いですよ充分、いくつか知りませんけど」
「もういくつだったか分からないのよねえ」
まあそんなこともあるか、と勝手に納得する。ツッコミすら面倒になってしまった私のその様子にグレイスはわざとらしく肩を落とした。
「まあいいわ。弟子もできたことだし目的地はここから少し遠いけれどクロック王国にするわよ」
なぜ弟子ができるとクロック王国が目的地になるのだろうとはもちろん思うわけだが夜も更けてきた。時間はこれから無限にあるし道中で聞けばいいのだ。
「今日は夜も遅いしもう寝る準備しましょうか」
「いや、寝るってどこに……」
「もちろん今から作るのよ、魔法で、家を」
家をつくるってそんなことしたら魔力切れでも起こすんじゃ……。
まあ、この師匠なら大丈夫かと妙に納得してしまうがそうさせるのはやはり圧倒的なカリスマ性なのだろうか。
「……わかりました。作りましょうか」
グレイスは当たり前のような顔をして私の背後に回り込む。
「じゃあ早速さっきの実践と行きましょうか」
「え?」
弟子が困惑しているというのに、この師匠は1ミリも気にしない。もう少し優しくしてほしい。
「まず杖を地面に立てて」
「いや、ちょっと待ってくださいよ師匠。無理ですって」
「ほら早く杖を立ててちょうだい」
「いやだから……はあ」
何を言ってもどうせ止まらないからと抵抗を諦めて言われた通り地面に杖を立てた。
「唱える言葉はクリエイト、
グレイスは「わかったかしら」と聞いてはくるがおそらくわからないなんて言っても意味なんてないのだろう。
グレイスは杖を木に向けた。
「
すると生い茂っていた木が等間隔に切られ丁寧に並べられた。
質量のあるものを作るための魔法を使うには本来なら木々は存在しているだけでいいはずだけど、やはり最初だからか、グレイスは弟子の想像の補助のためだけに魔法を使ったのだ。優しいところもあるじゃんと感動を覚える。
ルミは目を閉じて深く息を吸う。
唱える言葉はクリエイト、
何度も、何度も心の中で唱える。
そして、吸った息を一気に吐き出した。
「
整列された木が揺れる。しかし、それ以外何も起こらなかった。
世の中そんなに上手くはいかないな。
「まあ最初はこんなものよね」
言ってグレイスは杖を地面に立てる。
「
木がひとりでに動く。接着するためのものは何一つとしてないはずなのにそれらが家としてかたどられていく。
魔法とは不思議なものだ。木という材料が必要なくせにネジなどの留め具は必要がないことも一つの例であるが、細かい指定があるものもあるし、そういうものが一切ないくせにあるものより強かったり、また使い勝手が良かったりする。
「師匠の魔法は不思議ですね」
「そうかしら」
「そうですよ。
「あら、そんなことないわよ。世界はとても広いの」
「師匠より魔法が使える人なんて全く想像できませんけど……」
「今はまだそうかもね」とグレイスは意味ありげに告げる。
「そういえば、パリィはどこで覚えたの?」
私は顎に手を当て少し考えるような仕草をした。
「本を読んだんです。1級魔法がたくさん載っている本」
本来、1級魔法というのは世界各地に散らばっているがゆえに知ることすら難しいものだ。
発動が難しい、莫大な魔力を使う、生け贄がいる、など様々な制約があって初めて成り立つ魔法たちをまとめた本がある、というのがグレイスにはなかなかどうして衝撃的であった。
「まあ、もう手元にはないんですけどね」
そう言うとグレイスはガーンと音がなっていそうなほどにがっくりと肩を落とした。
「まあ存在するなら何時か巡り会えると思うし、その時に読むわ。見つけるまで手伝ってね」
「もちろんです、師匠」
見つかるまで生きていられるかな、と不安に思う。さっきグレイスは生涯をかけても10以上の国を渡れないと言っていたしあれを手放したのはもう3年以上は前のことだ。見つかる気はしない。
でも、それでもいいと思った。なんとなく、その本を見つけたら生きていることに満足できると思ったのだ。
「絶対、見つけましょうね」
「そうね、今はとにかく家の中に入りましょう。魔法があってもちょっと冷えてきたわ」
グレイスはわざとらしく体を震わせた。
ドアを開けて一歩踏み入れた瞬間、世界の何かが狂ったのかと錯覚するほど体感温度が変わった。なるほど、魔法とはすごいものだ。
「そういえばルミさんって学校は行ってないのよね」
中に入って少し暖まってから、グレイスはそんなことを聞いてきた。
「はい。行ってないですけど……」
なんでわかるんだろうと不思議に思う。ほぼいないとはいえ初等部で習うパリィが使える、中等部で習う4級魔法のインパクトも使えるとなれば他の魔法も使えるのだと思うのは当然。そこから考えれば学校に行っていると思っても不思議ではないだろう。
「まあそうよね。学校に行ってたら弟子になるなんて気軽に言えないもの」
なるほどと勝手に納得する。確かに、学校に行っていれば交友関係などもあるだろうし迷いも特になく弟子入りを了承するなんてなかなかないだろう。
「まあいいわ。学校なんて旅が終わってからでも行けるんだから」
「旅が終わることなんてあるんですか?」
「もちろんあるわよ」
旅が終わるとするならそれはいつなのだろうと考える。
グレイスがさっき言っていた通り、魔法の根幹を知ったときだろうか。
世界をすべて回りきったときだろうか。
旅をすることに飽きたときだろうか。
正直、まったくもって想像ができない。
「世界に散らばっている"禁書"を全て集めたら旅は終わる。ずっとそう決めているの」
「……"禁書"?」
「そう、"禁書"よ」
なるほどそれなら旅は終わらなそうだなと"禁書"なんて初めて聞いたけどそれでもそう思った。
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