物語は始まった
第1話
雪が降りしきる今日、白く長い髪を一つに束ねて私は走る。
どこの国が所有しているわけでもないただの森だが、しかしその森はとてつもなく広い。
「おい! いたぞ!」
後ろを追うのは杖を持った男が二人。その形相から怒っていることがうかがえる。私は白い髪をうまく利用して雪景色の中に溶け込んでいたけど、目が合ってしまった。
男は持っていた杖を私に向けた。
「
燃え上がる炎が雪が溶かしながら少女に向かう。
私は炎の球に杖を向けた。
「
一瞬、バリアのような何かが姿を見せて炎を消失させた。
1級魔法の中の一つ。攻撃性能を持たないそれは発動だけは簡単がゆえに初等部で学ぶことができると本で読んだ。発動タイミングが難しすぎて全世界の1%ほどの人しか使えないとも書いていたけど、使えるんだからそんなのどうでもいい。
バカじゃないのか。いくら雪が降っているとはいえ空気は乾燥していて辺りは木でいっぱいだ。私が弾いていなかったら火事になっていただろう。もちろん所有権が誰にあるでもないただの森なので消火活動なんて行われるわけもないし。
「いい加減諦めたらどう? あなたたちじゃ私には勝てないと思いますけど」
私はは男に杖を向けた。
「クソ庶民がなめるなよ!」
男も私に杖を向けた。さっきとは違い、今度は2人で。
「「
同時に唱えられた魔法は重なった。当人同士の結びつきが強ければ強いほど魔法も何倍にも強くなるらしい。らしいというのは実際に見たことがなかったからだ。
何倍にも膨れ上がった炎の球が私に向かって先程とは比べ物にならない速さで向かってくるのを見て、この2人は結構仲がいいんだなと思った。
傍から見ればもう無理だと思うだろう。事実、普通の人間であったならこんなの即死だ。しかし、私は全世界人口何千億の中の1%なのだ。
「
こんなものを初等部で学ばせる学校という機関は本当に頭がおかしいと皆が言う。
「くそ、何なんだよあいつはっ!」
「今日は見逃してやる、クソ庶民が。次に僕の前に現れたらぶち殺してやるからな!」
「次はないですよ」
私は静かに杖を構えた。
「
その瞬間、何か波動のようなものが二人の男に直撃した。それは、音を凝縮した振動であり、4級の魔法に含まれている唯一の攻撃魔法だった。
手足がピクピクと動いているところを見ると死んだわけではなさそうだ。
そして、なんでもないことのように私は静かにつぶやいた。
「ただ、屋敷に雷を落としちゃっただけじゃない」
ふわふわの雪に倒れ込んで空を見上げる。ベッドみたいで心地よくて、今にも目を閉じそうだ。
寒い。これからどうしよう。貴族を2人も敵に回してしまったから、国から出ていくほかあるまい。森にいるしもう出ていると言っても過言ではないのだけど。
「ねえ、あなたは何者なの?」
どこからか、声がした。私はすぐさま立ち上がる。前には居ない、ならば後ろかと思って振り返るが後ろにもいなかった。
「パリィを使いこなす人を私は自分以外に見たことがないわ。独学だとするなら素晴らしい才能ね」
褒められている気はしない。
「どこにいるの?」
1秒か2秒か、とてつもなく長く感じる短い時間が過ぎる。
「ごめんなさい、姿を消す魔法をかけていたの」
謝罪の念なんて微塵も感じさせない声音で、表情で彼女は姿を現した。
灰色の髪色をした、若く、美しい女性。
それだけのはずなのに存在感がすごい。世界が彼女を中心回っているとでも思ってしまいそうな凄みがある。なのにも関わらず、姿を現すまで気配が微塵も感じ取れなかったのだ。
私は平静を繕う。
「あなたこそ何者なんですか?」
「ごめんなさい、失礼だったわね」
そう言って彼女は頭を下げる。
「私はグレイス。世界を旅している者よ」
グレイスは杖を地面につけると静かに何かをつぶやいた。
「質問には答えたわ。次はあなたの番じゃないかしら」
太陽は沈み反対からは月が顔を出している。しかし、強さを増していた寒さはそこで止まった。
「……私はルミ。たまたま魔法が使えるので生きているだけの、そんな人間です」
「まあ、ごめんなさい。言いたくないことを言わせちゃった?」
申し訳ないなんて少しも思っていないような顔で、声でグレイスは謝る。
「いえ、別に大丈夫です。だいぶ昔のことなのでもう記憶にもないです」
「そっか」と呟いてグレイスは時間をかけて息を吸った。
「ねえ、ルミさん」
緊張を吐き出すように、吸った息を時間をかけて吐き出す。
「世界は広くてね、人は生涯をかけても10も国を渡れないと言われているのを知ってるかしら」
美しい灰色の髪は月明かりに照らされていて神秘的になっている。まるで神であるとでも錯覚してしまいそうだ。
「だけど私は違うわ」
なぜなら、と彼女は続ける。その目には絶対的な自信が宿っていた。
「私は世界を知っているから」
意味がわからなかった。世界を知っているからなんだというのか。それが10以上の国を渡れる理由になるとは思えない。
「知ってるからなんなんですか?」
「世界を知ることは魔法を知ることよ」
だから私はとっても強いの。
そう言いたいのだと思う。いや、意味がわからないけれどとにかくそういうことなんだろう。
「魔法は理屈じゃない」
私が意味がわからないというような顔をしていたからだろう、グレイスは淡々と説明を続けていく。
「想像の世界にある魔法は
もし仮にそれが事実だとして、世界を知って魔法が強くなるとして、何だというのだ。
わからない。わからないことだらけだ。
「世界について研究し続ければいずれ魔法の根幹にたどり着くことができる。これって素晴らしいことだと思わない?」
グレイスは、魔法を知ることが、世界を知ることが好きなだけなのだろう。その姿はまるで夢を語る子どものようで、それが羨ましく思えた。
「私は
そこまで言って、グレイスは焦ったような顔をした。
「……ごめんなさい。少し熱くなってしまったわ。つまりね、私が言いたいのは弟子にならないかってことよ」
「……は?」
「それで、世界を一緒に回りましょう」
至近距離にいながらこの人の気配すら感じ取れなかった私を弟子にしたってメリットなんてないはずなのに、なんで。
「あなた、たまたま魔法が使えるので生きているだけの、そんな人間って言ったわね。生きていることに意味が欲しいとは思わない?」
それはさっき、雪に倒れ込んだときに考えていたことだった。
「世界中を旅していればきっとそれが見つかるわ。私もルミさんがいてくれれば心強いし、一石二鳥じゃない」
だからどう? グレイスは問う。
きっとグレイスはルミの何倍も強い。知りたいと思った。強さの理由を、世界を旅する理由を、優しい笑みの裏側に何を隠しているのかを。
「わかりました。あなたと一緒に行きます、グレイス師匠」
そこから数秒、何もない見つめ合うだけの時間が過ぎていく。
「ほ、ほんとう!?」
なるほど、沈黙の原因は頭が追いついていないことだったらしい。数秒かけてやっと自分に弟子ができることを理解したであろうグレイスの目は輝いていた。
「本当です。だから少し離れてください」
グレイスは私が逃げ出さないようにしっかり両手を掴んでぐっと自分の方に引っ張っていた。
「いやよ、逃げ出さないか心配だもの」
「そんなに心配しなくても逃げないですって」
そんなことより、と私は目を輝かせる。
「さっきの魔法を教えてください」
「いいわよ、師匠としての初仕事ね」
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