第9話

CDを見つめ、「デビュー出来るんだよね?」と結希が言う。


「うん。明日は週刊誌の取材があるんだ。何か、急で分からないよ。」

キラキラした目で言う幸の姿に、結希の目に涙が滲(にじ)んだ。


「どうしたの?。ごめん。俺、何か悪い事」

慌てる幸に「違うの!」と首を振り、結希が涙の訳を話し出した。


「あの日…幸くんと会ったあの日…。

……本当は死のうと思ってた。」


結希の言葉に、幸の顔が曇ったのが分かった。


「私、ずっと好きだった人…って言っても1年なんだけど。その人に告白したらあっさりフラれて…

それから騙(だま)されたり、嘘付かれたりして…そんな毎日が本当に嫌で…。

それで、そんな自分を消そうと思ってあの日、歩いてたの…。死のうって決めてたの。

そしたら「独りでもいい」って歌声が聞こえて来て。あの曲を聴いてたら自然と涙が溢れて来て…500円でCD買って…。

そしたらチケットくれた…。ライブに来る約束をして…幸くんのデビューが決まって…。今、こうしてオムライス食べて、おいしいって思ってる自分がいて…。

あの時、幸くんに出会ってなかったら、きっと私、もうこの世にいなかったんだなぁって思ったら、泣けて来て…。」


「そんな事が…。良かった。あの日、あの場所で歌ってて。」

幸の笑顔に、結希も大きく「うん。」と頷き笑った。


笑顔の時間が流れて行く。

そして、「これからも、応援するから。」と約束をし、結希は幸と別れた。


幸が結希の背中を優しく見送る。


過酷な運命の悪戯(いたずら)が待つ道へと2人は歩み始めてしまった。


もう引き返す道は、2人には残されていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る