2日目 片道切符

 さびたスピーカーから無気力なアナウンスが聞こえたのは、日が沈みかけた頃。過疎化の影響で、町は機能しなくなり、年々大学生や大人達は町から姿を消している田舎町だった。

 人が乗らない電車は服に染みた汗が張り付くほどのクーラーが効いていた。


「次、止まります。」


 本当にこの電車が来ることを知って驚きいたと同時に、カラスがセミを食べるということも初めて知った。弱肉強食というのは、人間関係でも成り立つ言葉であるのだと、再び思い知らされる。


 長い自由席が並ぶ。ドアのすぐ横に僕は腰を下ろしていた。

 太陽が彼女を照らした。速度が落ちる電車は、彼女を迎えに行く。それは完全に開くことはない。大歓迎とまではいかないが、僕たちは彼女を暖かい目で迎え入れる。


 風が強い日だったと思う。いつもより少し暗くて、電車の中では落ち着ける日だった。

「珍しいね、学生さんがこんな電車に乗るなんて」


 不意に声をかけられて体がビクッと震える。長い髪で顔を隠す彼女の性格は、その姿を見ればすぐに分かることだった。泥だらけの征服と裸足の姿。濡れた前髪の間から見えたその目。あぁ、君もそうだったんだね。


少し考えれば分かる。君も僕と同じなんだと。客観的視点は恐怖といってもいい。僕もそう思う。


 私の気のせいだったか。1人の青年が私に話しかけできたはずなのに、彼の後ろに大人数の影が見える。幽霊だろうか、生霊だったりするのだろうか。しかし、その影の中には見た事のある男性の影があった。


「もし君がそれを望むのなら、こう伝えるんだ。『連れて行ってくれ』と。」

 神主の話の中に出てきたそんな言葉を思い出し、私は喉をつまらせながらもそれを口にする。

 

「私を、連れて行ってください」


 そう頼まれた。どこへ、何をしに。そんな常人が聞くような台詞を僕は口にしない。ただ、彼女が望む場所へ連れていくだけだ。僕達はその願いに答えるためにここにいる。

 求める者を求められた場所へと送ることが僕達の仕事であり、使命である。それは、僕達を救ってくれた人への感謝の気持ちでもある。

「次、終点。終点です。」


 トンネルを抜ければ夜になる。山に囲まれ、自然が舞い踊るようだった。暗くて何も見えなくて、だけどなんだか心地いい。


「ここが君の行きたかった場所だ。」


 真っ暗な場所で降りた彼女がこれから何処へ行き、何をするのかは僕たちは知らない。知る権利がない。もしかすると僕たちと同じように、迎え入れる側になるのかもしれないし、新しい何かに挑むのかもしれない。

 だけど、これだけは言える。


「彼は、君を大切に思っていたよ。ごめんなさいと、そう言っていた。」


 電車の扉が閉まる直前、彼は私にそう言った。涙が止まらない。人を殺した自分を恨むことは無くとも、それを伝えたいという後悔だけが残る。


「先生、私はあなたのことが、大好きです。」


 しかしそれが後悔だけに納まるということは決してなかった。





  ‪✕‬‪✕‬‪✕‬


 求める者を邪魔することは、求められる者として断じて許されることでは無い。彼と彼女の再会を見守ることは許されざることである。

 それを知りたいとも思わない僕たちは、既にあちら側の人間では無いのだ。迎え入れる者として、求められる者として、求める者を見送ることだけが僕達の仕事だ。




          [片道切符] 全3話 [完]

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片道切符 はると @haruto_hrt

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