第5話 国境シュテンヘルムへ。
第29話
【長旅の往路は平和です】
ヴェルターはしばらくはリティアのドレスについて頭を悩ませ、心を浮つかせたが、遠出の日が近づくにつれて浮ついた心がしずまっていった。
リティアからあれ以来連絡がなかったからだ。こちらからの書簡に返事があっただけだ。来月は会おうということと、帰れば連絡するといった趣旨の手紙で、それに対するリティアの返事は、色々と装飾はついていたものの、取り払うと簡潔に“わかりました”と書いてあっただけだった。リティアは会えなくなると言っても、なぜかなど聞き返すこともなかった。根ほり葉ほり聞くのは不敬だと思ったのかもしれないが、自分との仲なのに、と寂しく思う。
――リティアは……。辺境伯の屋敷へ向かう馬車に揺られてヴェルターはリティアのことを考えていた。
リティアはヴェルターが次回彼女へ訪問出来ないと伝えた時、ほっとしたように見えた。がっかりするだろうと、もしそうなら、慰めることまで考えていたのに。ヴェルターは自身の訪問時にリティアがどんな態度だったかを思い出すとほっとしたことにつじつまがあうと感じた。
「そうか、リティアにとっては俺との面会は楽しい時間では無かったということか」
小さな呟きは馬車の車輪の音でマルティンには聞こえなかったようで、ヴェルターは考え事に傾注出来た。
ヴェルターは会えないことをこうもすんなり受け入れられると、他のことも気にかかってくる。“二人並んで輪郭がぼんやりしちゃう” だとか“メリハリのある濃い容姿なら良かった”だとか。“私が遠慮するべきよね。あなたの隣に立つ女性はもっと”だとか。端々に滲むもの。
もっと、なんだろうか。遠慮する、だなんて。いったい、君の他に誰が俺の隣に立つというのだ。目的地に着くまでの道のりは遠く、考え事をしてしまうには十分な時間があった。脳は一度ネガティブに傾くと、考えたくないことまで考えてしまう。むしろ、考えたくない事態を想像するのに冴えだすのだ。
メリハリのある濃い容姿、だと?
一度傾きだしたヴェルターの脳はすっかりと転げ落ちる。“彼は、あなたと真逆ね”
ウォルフリック・シュベリー。ぱっと脳が彼の姿を拾う。夜のような深い色合いの髪、黒曜石の瞳。同性でも見とれてしまう、眉目秀麗な外見でしっとりとした色気もある。だが、それを鼻にかけるでもなく、浮ついた噂もない。彼の謹厳実直な仕事ぶりには感銘を受けるほどだ。
彼の話をしたあと顔を赤らめたリティアを思い出すと、ヴェルターは胸が塞がる思いがした。この予感が杞憂に終わることを望むしかなかった。
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