第26話
リティアの横を通る時、花のような香りがした。化粧の香りか、それとも髪を上げるのに香油を使ったのだろうか。オーデコロンほどきつくなく、ほのかなもの。だが、男とは違う女性の香りだった。
まただ、とヴェルターは思った。
待ちわびていたのに、いざリティアと二人になると何を話していいかわからなくなってしまうのだ。リティアは今の姿からは想像できないくらい明るく活発な子供だった。物おじせず、ヴェルターの腕を引いてあっちこっちへと連れられたものだ。いつしかヴェルターもリティアには遠慮をしなくなって、会う度笑い転げるほど楽しく過ごしていた。結婚というものが漠然としたイメージで、この子と結婚するのだと疑問に思う事も無かった。王族に生まれた瞬間から、結婚に自由などなく、婚姻もまた王家に生まれた責任であるとヴェルターは受け入れていた。不自由だと思ったことは無かった。リティアは楽しい女の子で、好きだったから。
ところが、状況は変わった。大人になるということはそういう事なのかもしれない。リティアはもう木にも登らなければ、気安くヴェルターに触れたりもしない。ゆくゆくは王妃にと教育された彼女は完璧な淑女になった。
ある日、ヴェルターは目の前にいる着飾ったリティアがまるで知らない人の様に見えた。ひと月と開けずに会っていたのに。リティアはこんなに小さかっただろうか。かつて同じくらいだったリティアの背丈は自分の肩にも届かない。腕だって、こんな細かったか。剣を持つことで鍛えられたヴェルターの腕とは一回り以上違うのではないか。この細腕ではティーカップすら重く感じるではないか。庭を駆け回ることがなくなり、日に焼けなくなったリティアの肌は抜けるように白かった。
ヴェルターは幼少期から教わっている剣術のせいで何度もマメが出来て固くなった自分の手のひらとまだ赤ん坊のように柔らかそうなリティアの手のひらに、自分とリティアは違うのだと認識した。
リティアは女性なのだ。そして、自分の妻になるのだと。このころには結婚というものがどういうものかも理解していた。そう思うとリティアのことを不躾に見てはいけない気がして、ヴェルターはリティアとの時間をどう過ごしていいかわからなくなったのだ。
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