第25話

ヴェルターがリティアを訪問した翌々週の事だった。


 執務室に入って来た執事がローテーブルやソファを入念に確かめると、侍女に一つ二つ指示を出して共に部屋から出て行った。来客があるということだろう。事前に約束のない、来るか来ないかわからない来客。ということは今日はこの宮廷にリティアの馬車が来ているということか。ヴェルターは侍従の動きで察してしまうのが心中複雑だった。


 ここ最近は来ないのだ。執務室に出入りする士官や侍従から漂う“来たか”“まだか”といった様子見が、遅い時間になるにつれて“来ないのでは”といった憐れみを含んだ気遣いに変わる。これがヴェルターにはいたたまれなかった。


 いや、別に約束をしてわけではないのだから、来なくてもよいではないか。何か用事があって来たのだろうし。そうは思ってもヴェルター自身、窓の外に意識を向けてしまう時間も少なくはなかった。……いや、はっきり言えば多かった。何なら立ち上がり、よせばいいのに窓から庭園を見てしまった。


 ……春に咲く花のような淡い色の髪。

 ヴェルターは自分の婚約者すぐに見つけた。横にいるのは、オリーブ色の髪、はランハートか。リティアにとっても気の置けない友人の一人だ。リティアはランハートに会いに来たのだろうか。いや、そんなはずはない。ランハートは職務中で、と二人が会う理由は偶然であることを想像していると、眩しい黄金の髪、ヴェルターの覗く窓まで賑やかな声が聞こえそうな朗らかな男の姿があった。レオン……。レオンも今は騎士の警備があるのでは。


 ヴェルターは自分が憶測にふけり窓に張り付いていたことに気が付くと、机へと戻った。

「何をしているのだ、俺は」

 気持ちを切り替え、書類へと目を落とした。ドアがノックされるたびにリティアかと期待してしまう。全く、仕事にならないな。ヴェルターは意識が目の前の事に集中できるようにしばらく誰も執務室に入ってこないように命を出した。リティアは今日もここへはこないだろう。それなのに待ってしまう自分が嫌だったからだ。


 随分と時間が過ぎ、僅かな期待も消えた頃。

 入るなと言った執務室に入る者があった。ヴェルターは感情のコントロールに長けてはいたが、苛立ちを繁忙のせいに出来る今は、敢えて相手に伝わるようした。


「今は、一人にしてくれと言わなかったか」

「ご、ごめんなさい。あの、直ぐに出て行くわ」


 本来なら、畏縮した相手に少しばかり満足する苦言だったはずだが、相手が待ちわびたリティアだった場合、反省すべきは相手でではなく自分だと立場が逆転する。


 感情を表に出してもいい事なんてないのだと猛省し、かつリティアの訪問を嬉しく思い、更にリティアのドレスがいつもと違い大人びたものだと気づくと動揺し、すべての感情は丁寧な微笑みで隠した。

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