第7話 ルドルフがイヌに?


 ルドルフにはメアリーの屋敷についた時に帰るように言った。


 「ですがお嬢様、万が一と言うこともあります。私は表で待機しておりますのでゆっくりメアリー様とお過ごしください。では、失礼!」


 ルドルフは私が言葉を発する間もなく踵を返した。


 彼の黒髪がふわりとたなびいて私の頬をかすめた。


 「ちょ、ちょっと待って…」そんな声は聞こえなかったようだ。


 (もう、ルドルフったらどこまで優しいのよ。あなたのような人が私の相手だったら良かったのにね)


 そんな気持ちがふわりと浮かぶ。当然だろう。あんなろくでなしとルドルフを比べるなんて失礼と言うものだ。



 そして夕方になるとリルが私の荷物を持って来た。


 「お嬢様、お待たせしました。当座の荷物を…これもお持ちしました」


 「リルありがとう。お父様は帰ってらした?」


 「いえ、旦那様はまだお帰りになっておりません。どうでしたか?頬の赤身はかなり収まりましたね。何かひどい事されませんでしたか?」


 リルはいつものように心配して来る。


 「ええ、だいじょうぶよ。私はっきり言ったの。婚約は解消したいってそしたらお父様が怒って私を除籍するって言ったの。だからこれで婚約は無理ですねと言ってやったわ。慰謝料も請求するつもりよ」


 リルの顔がぱぁっとほころぶ。


 「お嬢様すごいです。でも、これでお屋敷には当分帰れませんよ。いいんですか?」


 「ええ、メアリーも奥様も協力してくれるって、何でも王妃様や他の王子も国王の事は問題にしてるみたい。だからきっとうまくいくわ。安心して」


 「ええ、ですがあの旦那様です。諜報部の人を使ってお嬢様を無理やり連れて行くかも知れません。とにかく気を付けて下さい。私、こうなったらしばらくお屋敷で旦那様の動きを見張っていた方がいいですね。では、私はこれでいったん屋敷に帰ります」


 「でも…リル大丈夫?」


 「もちろんです。私は何も知りませんからねっ!」


 「ええ、だけど気を付けて。リルに何かあったら私、後悔しきれないから…」


 「はい、そのお言葉だけで私は百倍力をもらえますから」



 リルはメアリーと奥様にも挨拶をする。


 「では、奥様。メアリーお嬢様どうかソルティお嬢様をよろしくお願いいたします」


 「ええ、リル安心して。ソルティは私たちが守るから安心して」


 メアリーが胸をポンと叩いた。


 「あっ、リル。そう言えばルドルフはどうしてた?表にいるって聞かないの。一緒に連れて帰ってくれない?」


 「ああ…それでルドルフがいたんですか。でも、いてもらった方がいいのでは?」


 「やっぱり…」


 (いいって言ったのに…ほんとに律儀なんだから…でも、そんなところも好きだけど)



 エミリア奥様が聞く。


 「ソルティの護衛騎士の方?ええ、帰ってもらった方がいいわ。うちにも護衛はいるし、今日はどこにもいかないから大丈夫だと伝えてあげなさい」


 「はい。奥様」


 「ソルティ。そんな他人行儀な呼び方はよして。エミリアでいいわ」


 「はい、エミリア様」


 私は急いで表に立ったままのルドルフの様子を見に行く。


 彼はキチンを背筋を伸ばして直立不動の姿勢のまま表門の近くに立っていた。


 あれから何時間経ったかしら…私ったらすっかりルドルフの事忘れたたわ。


 「ルドルフ」


 思い切って声をかける。


 「お嬢様。どうしました?何か困った事でも?」


 ルドルフは長い時間立ちっぱなしだったにもかかわらず眉を少し下げはにかむような顔でこちらを向いた。


 (か、かわいい!)


 ドクンと心臓が波打つ。何?この感覚。


 「ううん、違うの。私ったらあなたがまだここにいるって忘れてて…ご、ごめんなさい。ずっとここにいてくれたのね。脚は大丈夫?痛くない?疲れたでしょう。そうだ。飲み物でも飲んだ方がいいわ。私、お茶を頼んで来るからルドルフ中に入って。リルも一緒にお茶を飲んで帰ればいいわ。さあ…ほんとに私って気の利かない雇い主ね…ルドルフありがとう」


 私はしどろもどろになりながらも悪かったと思う気持ちを素直に話した。


 もちろんリルとは何でも話せるがルドルフには今までそんな態度で接してはいなかった。


 それにこんなに思った事をこんな素直に言った事はない。これってまるで数年分の感謝を伝えるみたい。


 「とんでもありません。これは俺の仕事ですから」


 ルドルフは真っ赤になって頭を下げた。



 そしてルドルフが屋敷の中には入れないと言うので庭でお茶をごちそうになることにした。


 メイドがお茶を運んでくる。


 ワゴンにはエミリア様が気を利かせてくれたのかティーセットに軽食のサンドイッチやクッキーが乗っている。


 私は自らティーポットからカップにお茶を注いでルドルフをもてなす。リルにも同様にお茶を煎れて進める。


 「お、お嬢様にこんな事してもらうなんて…まるで夢みたいです」


 ルドルフははくはく息をする。


 「もう、ルドルフったら大げさよ。お茶はこちらのメイドが煎れてくれたんだからそれをカップに注いだだけよ。我が家でもないのにどうぞって言うのも変だけど一緒にいただきましょうよ。さあ、リルも…お腹空いてない?良かったら軽食も準備してくれたみたいだから食べて」


 「いいんですか?俺、ちょうど腹が減ってきてて…じゃ、遠慮なくいただきます…うまっ!これ、すごく美味しいです。お嬢様もどうですか。ひとつ。はい、あ~ん」


 ルドルフはサンドイッチの一切れを掴んで私に差し出した。


 一瞬固まるが、せっかくのお気持ちはと…


 「あ~ん。うふっ、おいしい」


 口の中に広がる卵と野菜たちのハーモニーにうっとり。


 目を上げるとルドルフの蒼翠色の瞳と目が合ってその瞳のさらにうっとりとなった。


 だってルドルフが真っ直ぐに私を見つめていたから…


 「ルドルフったら!お嬢様に何てことを…」


 「あっ、すみません。つい癖で…孤児院なんかで小さな子にこうやって食べさせてたので、すみません。お嬢様はこんな事されるの嫌ですよね」


 「ううん、うれしい。あの、もう一ついい?」


 こんなに優しく接してもらう事に飢えていた私がちゅうちょなくルドルフにおねだりしてしまう。


 「えっ?…ええ、もちろんです。今度はチーズでもいいですか?」


 私はこくこく頷く。


 「はい、あ~んして」


 「あ~ん。うん。こっちもとってもおいしいわ」


 私は両手をぎゅっとクロスさせてまるでルドルフ神様みたいに手を合わせる。


 「もう、お嬢様。ルドルフを甘やかせすぎですよ…ルドルフいい加減にしなさいよ」


 ルドルフはそそくさとサンドイッチを二三個頬張るとお茶で一気に流し込んだ。


 そして決心したように立ち上がった。


 「お嬢様、今夜はここで見張り番に立ちます。あの、今から俺をお嬢様限定の護衛騎士として下さい。どうか俺を見捨てないで下さい」


 「そんな事出来るわけ…私にはあなたを養うことは出来ないのよ」


 「でも、あんな暴力をふるう男。いえ、旦那様の元では働きたくないんです」


 「じゃあ、騎士隊に戻った方がいいわ。私の事は大丈夫だから、フィアグリット家の方もいるし心配ないわ」


 「それだけじゃ安心出来ません。相手は御父上と国王と王子です。何をしてくるか…絶対にお嬢様のそばを離れません!」


 そう言い募るルドルフはどんどんしょげて行くのが手に取るようにわかる。


 だからと言って…


 「でも…」


 「お嬢様。そう言えばアルフォン殿下から頂いた宝石を売ればいいんじゃないですか?かなりの額になると思いますよ。それにお嬢様の日記には殿下や旦那様に何をされたか克明に記してあるんですよね?それも証拠として使えるのでは?」


 「リルあなた天才じゃない?ええ、そうすればしばらくは何とかなるわね」


 ルドルフの瞳に光が宿った。


 (ワン!とルドルフが吠えた気がして思わず”お手!と言いそうになった)




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