第185話 初穂ちゃんは温かすぎる
〜羽京side〜
俺が風呂から上がると、夢さんはホットミルクを差し出してくれた。
少し頭を下げて受け取るマグカップは俺のために瑠璃様が買ってくれた、俺専用のやつだ。
結局、堪えていた涙は頬を伝ってしまった。
「羽京、部屋行く?」
「……うん」
初穂ちゃんの声かけに情けなく頷く俺の背中を夢さんが優しく撫でた。
俺のことをあまり気にすることなく、部屋に入るなり初穂ちゃんはベッドに横になる。
「上使ってね」
「……うん」
俺は八代家がすきだ。
実際の子どもたちと俺との扱いに全く差がない夢さん。
時々来て、ひとしきり俺のことをいじめ尽くす陽様。
よくわからない豪華な物を沢山くれる瑠璃様。
美味しいご飯を際限なく提供してくれる空くん。
俺に下ネタもゲームも悪いことも全部教えてくれるこうくん。
今は家にいないけど、時々ラインで心配してくれる瑞穂くん。
わがままだらけで俺を家来みたいに扱う早苗ちゃん。
可愛くて優しくて、俺の面倒をなんでも見てくれる華。
昔から俺と一番遊んでくれて、俺がずっと尊敬して、こうなりたいって思ってる初穂ちゃん。
こうくんに何度もお兄ちゃんて呼べって言われるけど、俺は八代家の人たちをお兄ちゃんやお姉ちゃんとは呼ばない。
呼んだら、引き返せなくなる。
俺も八代羽京が良かったってなる。
この家に来る色んな人達が俺なんかよりもっと大変なこともあるって知ってる。
去年の今頃、家に来た時に赤ちゃんがいたときはさすがに驚きすぎた。
でもこの家の人ならそんなこともあるか、って、深くは何も聞いてないけどすぐ納得した。
優しくて、温かくて、懐が広い人たちが集まれば、そんなこともあるよな、って。
だってだから俺みたいな奴のこと、ずっとこうして受け止めてくれてる。
「……はつほちゃん」
二段ベッドの下で恐らく筋トレしてる初穂ちゃんに声を掛ける。
「ほい」
「俺と結婚しない?」
「なるほど、そうきたか」
ギシギシと二段ベッドが揺れたと思ったら、初穂ちゃんがハシゴを登って俺の隣に倒れ込んだ。
「え?!だめだめ、ベッド壊れる!」
「私と結婚して婿入りして八代羽京になりたいってか?
別にいいけどね、羽京となら結婚しても。あと……3年か?浮気せずに待てる?」
「何いってんの、無理に決まってるじゃん!
俺、初穂ちゃんとそういうこととかできないし!」
「え、プロポーズしてきた直後に振ってる?やばい男だな、さすがに陽兄に報告するぞ?」
そして俺の頭を優しく何度か、ぽんぽんと撫でた。
「……ごめん」
「学校、受験終わったし、行っても行かなくてもいいタイミングでしょ?明日休めば?
行かなきゃいけないなら、うちから通えばいいよ。制服だけ、どっかのタイミングで取りに戻りな」
「いや、……ちゃんと話すよ、父さんと」
初穂ちゃんのこと、本当に昔から憧れてた。
俺が見る全部の女の子、全員初穂ちゃんにメロメロだったから。
空くんや陽様も、もちろんそうだったんだけど、初穂ちゃんは二人とはまた違う。
初穂ちゃんはみんなの気持ちにちゃんと応えて、受け止めて、優しかった。
初穂ちゃんは諦めさせてあげるのも上手だったし、誰にも応えないよって示すためにみんなに応えていた。
今だってそうだ。
俺が結婚する気なんてないって分かってるから、俺のことを自分からは断らない。
「……初穂ちゃんにもいつか恋人って出来るのかな」
下に降りた初穂ちゃんに聞こえるように少し大きな声で聞いた。鼻で笑ったのが音で分かる。
部屋の常夜灯が、初穂ちゃんの部屋のヨガマットやバランスボールを照らしていた。
「そういえば羽京、彼女いたでしょ?どうなった?」
「あー……。俺が違う高校受かったから、ブチギレて、そのまま音信不通になっちゃった」
「羽京って結構、薄情だよね」
「モテすぎて、面倒くさいんだよ色々」
「じゃあ容姿整えるのやめて、女子に優しくするのやめて、勉強するのやめて、運動神経良いの隠して、影で人の悪口ばっかり言えよ」
「極端すぎるんだよ」
「八代家の男だろ、女性を泣かせるな」
涙は止まらなくなった。
欲しい言葉、いつもは簡単にくれないくせに、こういうときは惜しみなく差し出してくれる。
「……お父さんの彼女も女性だもんな。
俺があまりに嫌がったら、泣いちゃうよな」
「恭介さんがそんなヤワな女性を選ぶかはちょっと分からないけど。
私の弟なら、恭介さんから略奪するくらいの気概で挑みな。
少なくとも私は空や耕作が連れてきた女の子はみんな、私のが幸せにできるって気概で接してるよ」
陽様をそこに入れないところ、初穂ちゃんのブラコンが出てるよな。
俺からしたら陽様よりも、初穂ちゃんのが全然王子様だしヒーローなのに。
「お母さんじゃなくて、お姫様迎え入れる気持ちでいるほうが、羽京にとっては気楽なんじゃない?」
「……邪魔だって捨てられないかな、俺」
「そしたらウチに来ればいいじゃん。
瑞穂と同じ高校でしょ?通える距離だよ」
俺は八代家が大好きだ。
初穂ちゃんが大好きだ。
「……ありがと」
この人の手を俺が取るのは無理だし望んでないくせに、誰かに取られることを想像すると、どうしようもなく吐きそうになるのは、恋ではないって、俺は知ってる。
俺よりそう思ってる人が山程いることも知ってる。
だけど、だから誰の手も握らないんだとしたら、誰が初穂ちゃんのことを幸せにできるんだろう。
2025.09.03
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます