第七章

第29話

相変わらず電気がついてなくて、陰気な雰囲気が漂う家。



慣れた手つきで鍵を開けて、緊張しながら扉を開ける。



不気味なくらい静かな室内に、自分の息遣いだけが妙に響く感覚。



懐かしいはずなのに、まるで他人の家のように感じる。



玄関の電気をつけて、ゆっくりリビングへ向かう。



真っ暗なリビングには、誰もいなくて。



温もりがなく冷たくて、人の気配もない。



でも、玄関に靴はあったので、確実に母はいる。



母の寝室へ向かう。



「お母さん……美遥だけど、いる?」



少し震える手で、軽くノックする。



けれど、返事はない。



動く気配すら、感じない。



何をと聞かれたら分からないけれど、嫌な予感がする。



ゆっくりとノブを回して、部屋へ入ると嫌な臭いが鼻をついた。



お酒の臭い。



部屋の光景に、体が強ばる。



散乱した大量のお酒の缶や瓶。



ベッドに横たわる母の姿を目にした後、隣に散らばる白い錠剤が目に飛び込んでくる。



薬だと理解するのに、時間がかかる。



頭が処理を終えた瞬間、体の力が抜けてその場にヘタり込んだ。



素早く私の横を通り過ぎ、琉玖夜が母に近寄り状態を見る。



私はただ呆然とそれを見ているしかなかった。



私が逃げたせいで。私が傍にいれば。



いや、私がいてもいなくても、何か出来たわけじゃない。



けど、止めるくらいなら出来たかもしれない。



頭でグルグル考えながら、それでも体は動かなくて。



「……っ、み……る……美遥っ!」



琉玖夜の声が耳に届き、ハッとする。



「しっかりしろっ! お前がそんなんでどうすんだっ! 母親、助けたいんだろ?」



怒声から、優しいいつもの琉玖夜に戻る。



ゆっくり頷いて、そして涙が流れた。



大丈夫だと琉玖夜が言ってくれるだけで、心が軽くなった。



手際よくどこかに電話をする琉玖夜を見ながら、母に声をかけ続ける。



目を覚ましてくれる事を祈りながら。



少しして現れた救急車に乗り込み、病院へ向かう間、ずっと握りしめる母の手。



母に触れるのは、何年ぶりだろう。



冷たくて、今にも折れそうなくらい細い手。



この手で、母はずっと父を引き止め続け、縋り続けていた。



そう、多分、今でも。

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