Episode 12【雪と羽】

【雪と羽 1/3 ─ 舞い降りた羽根 ─】

 ──オークション会場、ステージの裏側で、絵梨とブルーソードはテーブルを挟み、向かい合って座っている。


「答えたくなかったら結構だが、君と雪哉は、どうやって出会ったんだ?」


「……なぜ、知りたいの?」


「君はさっき、雪哉に連絡されることを拒んだ。──上手くいってないんだろう? ユキに惚れた女は、大抵全員、同じことで悩む」


「……それって、何ですか?」


「大抵、ユキの女癖の悪さに悩む。自分も遊びなのか? とか、そんなことで皆悩むんだ」


「…………」


「──図星のようだな? だからこの際、俺にユキとのことを話してみろよ? 遊びの女はすぐに分かる。俺が判断してやろうか? ──」


 判断してもらい“遊び”と言われたとしても、もうどうでも良かった。そう言われた方が、もう寧ろ、スッキリとする気さえもする。

 ──絵梨は、スッと頷いた。判断を仰ぐ為に、絵梨は雪哉とのことを話し始める。


「私は死人のような目で、ただ街を見ていた。街角に、ただ座り込んでいた。──この世界が馬鹿馬鹿しく見えて……息苦しくて……もう何が何だか、分からなかった。──季節は夏で、私は夕立に打たれてて……──その時ね、誰かが、私の目の前で足を止めたの。その人は、ソッと、ずぶ濡れの私を抱き抱えた。それが、雪哉……──」


 ブルーソードは相槌を打ちながら、絵梨の話を聞いている。


「雪哉に連れて来られて、そこで、百合乃さんや聖たちにも出会った。──私は何も話さなかった。話せなかった。けど、皆優しくしてくれた。──私は相変わらず、いつもいつも、同じ街角で座り込んでいて……なぜか雪哉は、そんな私を毎日迎えに来た。 何処の誰だかも分からない、喋れもしない女を、雪哉は自分の側に置いてくれた……」


 ブルーソードは、うんうんと頷いた。そして絵梨へと、問い掛ける。


「一つ聞きたい。君は雪哉に出逢う以前に、族やヤクザなどと、関わったことはある?」


「ないですよ……」


「だよね。出逢い方も不自然って訳でもない。君と雪哉が出逢ったのは、“ただの偶然”って訳だね」


「…………」


 ──女の子なら一度は、“運命の出逢い”や、“赤い糸の相手”……なんて言葉を信じるだろうか? 絵梨も、そんな言葉を信じる、女の子のうちの一人。──だから『偶然』だなんて言われて、落胆した。


「おやおや、何だいその顔? 『偶然』ってのが気に食わないかい? 偶然が一番じゃないか? 偶然ってのが、運命ってもんだろ」


「けど偶然なんて、なんだか落ち込みます」


「偶然で良いさ。……──さっき『族やヤクザと関わったことは?』って聞いただろう? なぜ聞いたか、それは、ユキが関係を持つ女のほとんどが、族などに関わっている女だからだ。──この意味が分かるか?」


「……分かりません」


「これらの女は、“利用できる女”ッつーことだろ? 俺の推測だけどな? ……どうもユキは、ブラック オーシャンの組織の中で、そんな役割をしているように思えてならねー……──現に、ユキが関係を持った女がいる組織は、大抵、女の裏切りが原因で潰されている」


 〝ん? 〟と、聞き返すような表情をしながら、絵梨が首を傾げる。


「「…………」」


「やれやれ、お姫様は鈍いようだな。──つまり、ユキは君のことを、ただ純粋に、傍に置いておきたかったんだ」


「……――えッ!?」


 少し間を置いてから、絵梨がハッと目を見開いた。


「ホント鈍いな。……君はただの平凡な、そこらのお嬢ちゃんだ。そんなお嬢ちゃんを傍に置いたところで、組織に何の得があるんだ?」


「得、ないですね……」


「そうだ。まったく! 得がない! 得があったとしたら、それは、組織の為じゃない。ユキ自身の得だ。ユキが、君と一緒にいたかったんだろうな」


「けど待ってよ……――」


 頭が困惑している。今まで考えてきた事と、まったく違う答えを、ブルーソードが導き出したから。頭が付いていかない……──


 チクリと胸が痛んだ。何か、大きな誤解をしていたのかもしれないから……――


 ──「サイテー』だって言った。

 ──最悪だって思っていた。

 ──“自分なんて、大勢の女の中の一人にすぎない”……──そう、思っていた。けどそれが、違かったのだとしたら……――


「死んだような目で、口もきけなかった、とか言ったか? きっとユキは、そのとき君の目を見て、他人だとは思えなかったんだろうな。……ユキもガキの頃、“そんな目”をしていた。──光のない、虚ろな目……例えるなら、雪の降る、曇り空のような目だった」


「え……?」


「──そうだ。初めて逢った時、ユキはそんな目をしていた。キミとユキは似た者同士だ。──なぁ、昔のユキの話、聞いてみたくないか?」


 ブルーソードは絵梨に問いかけた。

 そして絵梨は、とくに考える前に、まるで反射のように、頷いた。


「良いだろう。君になら、話しても良いと思うんだ。……――」


 ブルーソードはそう前置きをしてから、ゆっくりと、自分の知る雪哉の過去を語り出した──


*──*──*──*──*──*──*──*


 ユキの話をする前に、“ある女”の話をしよう。その女の名は“”──

 俺の幼なじみで、顔はそこそこだが、はっきり言って、変な女……──けど、愛した男には全てを捧ぐような、すごく一途な女……──


 ──今から約13年前、緑には、一生を捧げたいくらいに、愛した男がいた。

 そいつと緑は、5年くらい交際していて、緑は、ずっとソイツと一緒にいたいと願っていた。

 ──けれど、その願いは叶わなかった。緑とソイツは、が原因で別れた。

 緑は、“せめてソイツとの子どもを授かれたら”と、そう思っていたそうだ。……けれどその願いも、結局叶わなかった。


 それから緑は、泣くだけの生活を送るようになる。人が変わったように、暗い奴になった。


 あの頃の緑はただ、その男がくれた“ネックレス”を、一日中眺めていた。……

 そのネックレスは、メンズのシルバーネックレスで、いつもその男が、身に付けていた物だそうだ。


 ……──と、まぁ、こんな哀れな女がいた訳だ。


 この緑って女は、ユキの過去を語る上で、重要人物だから、覚えておいてくれ。

 緑の話は一先ず、ここで止めておく──


 ──俺がユキと初めて逢ったのも、約13年前。

ユキが8歳くらいの時だ。

 当時の俺は、既にこの闇オークションの主催者だった。

 ユキは、。“オークションの出展物”だった。

 ──オークションが始まる前に『前にもこんなことがあった』って言っただろう? それは、この13年前のこと……──〝ユキの話だ〟。


 ユキはある男に、この場所に連れて来られた。

 その男が、明らかにユキの親ではないってことは、確かだった。

 その男に連れて来られた時、ユキはぼんやりと開いただけの目で、俺を見ていた。

 ユキは男のくせに、綺麗な顔したガキだった。よく覚えている。


「このガキ、何処で手に入れた?」


 そう言うと、ユキを連れて来たその男は、笑いながら答えた……


「若い夫婦から譲り受けた」


「譲り受けただと? それを売り飛ばして良いと思っているのか?」


 だが俺がそう聞くと、男は冷たい顔をして言った。


「コイツは捨てられる運命だった。……──けどよく見たら、綺麗な顔してんだろう? 男だけどな……だから、売れると思って譲ってもらったんだ」


 男の冷たい言葉を聞くと、ユキの表情が涙で歪んだ。

 幼い少年のそんな表情を気にも止めず、男は更に、冷たい言葉を投げ掛ける……──


「両親から見捨てられたお前を、俺が拾ってやったんだ。俺がいなかったらお前は今頃、凍え死んでるだろうな。感謝しろよな? 哀れなガキ──」


 ユキは嗚咽をもらす。……小さな子どもだが、大声で泣き叫んだりせず、ユキはじっと耐えてた。


「お前は見捨てられた子供……――」


 “根性のあるガキ”、そんなことを思った。けど、ユキは意思に反して、今にも泣き叫んでしまいそうだった。可哀想で、見てられなかったな……


「もう何も言うな」


 気が付くと、俺は自然に、男に命令口調でそう言っていた。


「この子は出展物だろう? 出展物は俺が預かる。お前は何も言わずに、扉の外へ出て行ってくれ」


 ユキを預かり、男を扉の外へと追い出した。

 ユキは泣き叫びたいのを我慢したまま、俺の方を向いた。


「坊主、辛かったな。もう大丈夫だ」


 俺が笑いかけると、ユキの嗚咽が大きくなった。

 俺はユキを抱き締めてあげようとした。けどユキは、抱き締めようとした俺の腕を、ピョイとかわすんだ。泣いてるくせに、こんな状況のくせに……ガキが強がってんだよ。


「お前は強いな」


 俺はユキの頭を、クシャッと撫でた。


 ──次のオークションまで、あと一週間あった。

 その内に、どうにかして、ユキを助ける方法を考えていた。


 しばらくすると、ユキは感情をなくしたような顔をして、ほとんど喋らなくなった。

 俺から言わせりゃ、泣いていた方がまだマシだった。


****


 ──そして次の日、俺の従兄弟のチビが遊びに来た。従兄弟の。見た感じ、歳も同じくらいだ。


「おい兄ちゃん! そこにいるの誰だぁ?」


 部屋の隅っこで、ユキは縮こまってた。それを見つけて、陽介が不思議そうに言っていた。

 ユキはすっかり心を閉ざしちまって、顔をうずめていた。


「……陽介と同じくらいの歳だろう。仲良くしてやってくれ」


 言うと陽介はニッコリと笑って、ユキに駆け寄った。


「おいお前! なに寝てるんだぁ? 起きろよぉ! お前も男だろ? なら、外で一緒にサッカーしようぜ!」


 陽介は一方的に、ユキに話しかけた。

 すると、ユキがようやく顔を上げる。

 そしたらなぜか、陽介が目を見開いて、止まった。


「……なぁ兄ちゃん? コッコイツ、名前は?」


「“ユキ”」


「?! お前っ女だったのか!? 男みたいな服着てるから、間違えちまったよ! 顔見たら女だし……俺、超驚いた……」


「は?」


「「「…………」」」


 ユキはキョトンとしながら、陽介を見上げていた。


「……陽介、俺の言い方が悪かった。本当は“ユキ”じゃなくて、“ユキヤ”だ」


「そうか! “ユキ”か! ……なっなんつーか、ユキ! お前……カッカッカワイイな……!」


「陽介……お前、なに赤くなってるんだ?」


「ヤバイぞ兄ちゃん……俺、ドキドキする……」


「「…………」」


「自由主義者の俺は、人の恋路を邪魔しないさ。──けど、一つ教えておいてやる。ユキは“男の子”だぞ」


「「「…………」」」


「初恋敗れたり」


 “初恋は叶わない”とか言うよな? トップシークレット、陽介の初恋は、ユキだ。


 ──何はともあれ、俺は陽介に、“ユキと一緒に遊んでるよう”に言った。


 チビたち同士で遊ばせているうちに、俺にはやらないといけない事があった。

 俺は幼なじみの“ルビー”(通称)っつー女に連絡を取った。

 ルビーは凄腕の医者だ。金だって持っていた。俺はオークションで、ルビーにユキを落札してもらいたかったんだ。──無理なお願いなのは分かっていた。けど、そう思い付いたんだ。


―「落札? ……けど、落札して、その後はどうするの? 誰がその子雪哉を育てるの?」


「……お前は無理か?」


―「…………」


「だよな……なら俺が……――」


―「…………心配よ。アナタ一人で、子どもを育てられる?」


「…………」


―「……――――ねぇ、緑には聞いたの?」


「聞いてない。──今の緑に、子どもを育てられると思うか? “あの男”がいなくなってから、緑は脱け殻だ……無理だろう」


―「だからこそよ。それに緑は、人一倍、愛情深い」


「確かにな……」


 ここで緑の名前が上がった。

 緑は親の後を継ぎ、人気風俗店の経営者だ。緑も金は持っていた。


****


 ──その頃、陽介と雪哉は公園にいた。


「なぁユキ、お前どうして喋らないんだ?」


「…………」


 雪哉はプイと横を向く。何かにいじけているような、どこかツンツンとしていた。


「あっユキ! その態度ひどい!」


「……ごめん」


「!! ユキお前! ちゃんと『ごめん』言えるんだな! 俺はいつも言えなくて、怒られるんだ! ユキってスゲェ!」


 陽介は感動したようで、思わず雪哉に抱きついた。


「離れて……」


 雪哉は完全に嫌がっている。 けれど陽介はケラケラ笑いながら、雪哉に抱きついていた。

 結局、雪哉は無理やり陽介の腕を振りほどいた。そして、少しムッとしながら陽介を見た。


「あっ! ユキ、怒ってるのか? なかなか見込みがある男だな!」


 ──静かな公園で、陽介は辺りを見渡してから、ホッとしたような表情を作った。


「よし! 今日はまだ、悪ガキ共はいないみたいだ! ユキ、今のうちに遊ぼうぜ!」


「悪ガキ共?」


「そう! 悪ガキ共! 俺様のテリトリー公園に侵入して喧嘩を売ってくる! ろくでもない奴らだ!」


 ……と、その時、他の子どもが公園に現れた。


「げっ?! 噂をすれば、来やがった……!」


 そうして、二人組の悪ガキが登場する。


「よぉクソチビ! 新入り連れて、またノコノコと現れたな!」


 悪ガキAが、さっそく喧嘩を売ってきた。


「誰がチビだ! お前らもチビだ! この公園は、陽介様とユキ様のものだ!」


「“ユキ”だと?! 畜生! 女連れで色気付きやがったな! 生意気な!」


 悪ガキBも発言。そしてまた、雪哉は性別を間違えられている。


「うるせー! 陽介様とユキ様の公園だ!」


「黙れ! この公園はの物だ!」


 ──悪ガキAこと、純。

 ──悪ガキBこと、聖。


陽「やんのかコラ!!」


純「掛かって来いや!!」


聖「純がんばれぇー!!」


雪「…………」


 ──陽介VS純。聖と雪哉は応援組だ。


聖「おい雪哉! なにボサッとしてるんだ! お前も応援したらどうだ! 盛り上げろよ!」


雪「俺、女じゃない……」


聖「……?! ……」


「「…………」」


聖「なんだと?! は?! 確かに服装は男だ……」


雪「俺、男……」


 聖の中で、電流のような衝撃が走った。そして……


聖「そうか! 男だったのか! なら話は早い! 俺と勝負だ! クソ女顔野郎!」


雪「誰が女顔だ? 腑抜けザル……」


聖「サルじゃねぇーー!!」


そしてコチラも乱闘開始だ。 聖VS雪哉。



 ──そう、まだ幼い一時、四人は既に出会っていたのだ。

 一年後、聖は隣街へ引っ越すことになる。

 聖と純の関係は、その時に途絶える。

 陽介と雪哉も、雪哉の引き取り手が見つかってからは、会わなくなる。

 ──四人が再会することになるのは、約7年後……〝黒須学院〟、高校生の時なのだ。

 そして彼らは、ブラック オーシャンのトップを争い、対立することになる。幼き頃の記憶を、片隅に置いて……──



陽「畜生ッ……なかなかやるじゃねぇーか! ……――」


純「テメーこそ……――」


聖「女みてーだけど、お前、男だ……――やるじゃねぇか……」


雪「お前も……――」


 生傷だらけの少年たち……──

 その時陽介が、“こんな事”を言い出す……──


陽「喧嘩じゃ決着がつかないぜ! 俺に“いい考え”がある!」


聖「それってなんだ!?」


 興味深々で、陽介の話に食い付いた聖。


純「聖! 敵の手に落ちるな!!」


 純がすかさず、聖を自分の方へ引っ張った。……けどやはり、聖は興味深々だ。


陽「決着をつける“いい方法”を思いついたんだ! 俺の話に乗る奴! 俺について来い!」


 ──ガシッ!!


 そう言うと、陽介が雪哉の手を掴んだ。


陽「ユキは俺の味方! 〝イコール強制連行!〞」


雪「…………」


聖「なんだなんだ?! 気になる気になる!!」


 聖があたふたとし始める。

 その時、雪哉がスッと、聖に手を差し伸べた。

 その手を、ワクワクとしながら、聖が即刻掴んだ。そして……


聖「純は俺の味方! 〝イコール強制連行!〞」


 ──ガシッ!!


純「……ッ?!」


 嫌がっていた純も、巻き添えを食った。


 ──こうして陽介は皆を連れて、ブルー ソードの家へと帰って来た。

 ……どうやら、家には客人が来ているようだった。

 帰ってきた事に気付かれないように、ソッと家の中を歩いた。


聖「なぁなぁ! お前陽介! どうしてソッと進むんだぁ?」


陽「?! しっ! 静かに! おいおい! テメー連れ、空気読めない奴だな! しっかり言っとけよな!」


純「黙れ。クソチビ」


陽「?! ……こっ怖ぇー……!」


 ──台に乗って、陽介が台所の棚を開けた。

 そうして陽介がニヤリと笑いながら、棚から何かのビンを取り出す。


陽「見ろよコレ! “コイツ”で勝負だ!」


「「「?!」」」


陽「ハハハ! 間抜け面が! “コイツ”が何だかを分かったようだな!」


 ソワソワとし始める三人。


聖「それは! オヤジが絶ッッ対に飲ましてくれないヤツと同じだ!」


純「大人たちが、子どもには飲ましてくれない! 高嶺の飲料だ!」


雪「ソレ、20歳にならないと、飲んじゃだめなヤツ?」


 雪哉が首を傾げながら聞いた。その問いに、うんうんと頷く三人。


陽「大人の対決! 酒飲み勝負だ!」


聖純「「のった!!」」


雪「……“良い子は真似しちゃいけません”」


 ──四つのコップに、お酒を注いだ。人生初酒だ。

 皆緊張している様子だ。ハラハラドキドキとしている。


陽「“せっーの”……で飲もうぜ! ……“せっーの!!”」


 全員、勢いよく酒を飲み始めた──


 ──そして全員、コップ一杯を飲み干した。


陽「まっじぃ~~!! あり得ねぇよ! 大人たちの味覚は変だぜぇ!! 」


 マズすぎて騒ぐ陽介。けれど隣を見ると、ケロッとした表情の聖がいた。


陽「え?! なにお前! マズくないのか?! ぜんぜん平気なのか?!」


 “コクン……”と、聖が頷いた。


聖「もっと飲みてー!」


陽「ぅげ?! お前おかしいんじゃねぇーの?! ……──なぁユキ、ユキもそう思うだろ? アイツおかしいよな! ……――――……」


 ──〝返答は、〟。


陽「アレ?! ユキ?!」


雪「…………――――……」


 ──パタリ……


 雪哉がぶっ倒れた……──


陽「ユッユキィー~~?!」


 陽介が、倒れた雪哉に駆け寄ろうとした。その時……──陽介より早く、いち早く、純が雪哉に駆け寄った。


陽聖「「……?!」」


純「大丈夫ですか? お嬢さん! こんな所で寝ていると、風邪をひきますよ? 僕が家まで送りましょうか?」


 純が……酔っぱらった。


陽聖「「ぅげッ?!」」


 ドン引いている陽介と聖。


陽「キモチワリィ~な……お前連れ、頭大丈夫か? キャラ変わってるぞ。その前にユキは、“お嬢さん”じゃない……」


聖「じゅっ純?! ……――――あっあいつ、男が好きだったのか……」


陽「そこかよ?! つーか違うだろ?! 女って勘違いしてるだけだろ?!」


 ──その時、台所の扉が開いた。やって来たのはブルーソードだ。


陽「げっ?! 兄ちゃん!」


B「陽介、お前なにしてんだ……酒飲んだのか?」


 ブルーソードの隣には、ルビーがいた。


陽「飲んでねーよ~だ!(ウソ)兄ちゃん彼女連れかぁ? ヒューヒュ~!!」


 大人を冷やかす悪ガキだ。


B「は? ルビーのことか?」


「「……――」」


 ブルーソードとルビーが、少しの間、視線を絡めた……――。だが──


ル「……――遠慮しておくわ」


 ルビーはブルーソードから、視線を反らした。


B「フン! ……――だそうだ! 陽介、予想が外れて残念だったな!」


陽「えぇーー! つまんねぇー!」


ル「……──それで? どの子が“ユキ”なの? 四人もいるわ……」


B「チビの数が倍になってやがる……ユキはそこの……――」


 ブルーソードが、雪哉を指し示そうとした。……──だがその時、二人の後ろにソッと立っていた“緑”が、スッと前へと出た。

 緑は迷わずに、雪哉の元まで歩いて行く。


B「……そいつがユキ。緑、よく分かったな……」


 酔いが回って眠っている雪哉の頬に、緑はソッと触れた……――

 緑の行動を、他の子どもたちは、不思議そうに眺めていた。

 緑は慈しむように、ソッと、ソッと……雪哉に触れる。

 ──ブルーソードとルビーも、少し心配そうに、緑を見ていた。


緑「雪哉……――私が、雪哉を守るからね」


****


 ──そうして一週間後のオークションの夜、緑は見事に、雪哉を落札した。

 雪哉の本名は、“五月女サオトメ 雪哉”。“白谷”は、緑の名だ。

 この日から雪哉は、“白谷 雪哉”と名乗りながら、生きていく。

 恋人と別れた悲しみを埋めるように、緑は雪哉を大切にした。

 ──緑はもう、新しい出会いなどは求めない。そんな緑の心を満たすのは、“新たな恋”ではなく、雪哉との出会いだった。


「雪哉……泣いてるの?」


 雪哉は昼間の明るい内は、感情を圧し殺したような、そんな表情で過ごしていた。そして夜になると、静かに泣いていた。


 泣いている雪哉の隣に、緑は座って、雪哉の肩を優しく抱いた。

 雪哉が泣き顔を上げる……──

 緑は優しく微笑む。まだ小さな、少年の背中をさすった。


「雪哉……アナタにはね、“コレ”をあげる……──」


 緑が雪哉に差し出したものは、メンズのシルバーネックレスだった。──“の、シルバーネックレス”――


 ネックレスを持つ緑の手が、小さく震えていた。


「コレはね、私の最愛の人が、いつも身に付けていたモノ……」


 緑の瞳は、涙で潤んでいた。


「私はあの人との幸せを願った。……けど、無理だったのよ。……離れたくなくて……一人になんてなりたくなくて……──私は泣いて泣いて……そしたらね、あの人は私に“コレ”をくれた。いつもいつも身に付けていた、きっと大切なモノ……けどあの人は、私にくれた」


 雪哉も、涙で潤む瞳を、緑にしっかりと向けている。


「鳥は自由の象徴──……アナタは雪のように、優しく降り注ぐけれど……雪のように、消えたりはしない……──アナタは鳥のように、自由に羽ばたく権利がある……──哀しみに囚われずに、自由に羽ばたく権利……」


 緑は震える両手を使って、ソッと、雪哉の首にネックレスをかけた。


「雪哉にあげる。私はもう、大丈夫だから……私には、“雪哉がいるから”」


 緑はまた、優しい顔で笑った。

 “大丈夫”と言って、笑った緑……──けれど、すべての悲しみが消え去った訳ではなかった。

 雪哉も、緑の愛情を感じながらも、心の傷は簡単には消えなかった。

 けれど二人は、お互いの前では、徐々に弱味を見せなくなっていくのだ……──


****

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