【スパイ 2/4 ─ FOREST ─】
次第に辺りは暗くなった。
例の人物と接触をはかる為に、何個も街を越えた。 私たちの街からは、かなり離れている場所だっただろう。
「ソイツは今夜、ここにいる」
雪哉がある建物を指差した。
何かのお店かな? 見ただけでは、この建物がなんなのかは分からない。
雪哉はその建物へと入って行く。私も置いていかれないように、雪哉の後を追う。
中には沢山の人がいて、みんな楽しそうに談笑している。
「雪哉……ここは何をしている場所なの?」
「毎夜開かれる、ちょっとしたパーティーみたいなもんだ」
「へー楽しそう」
「なに呑気なこと言ってんだ? ただのパーティーじゃない」
「え?」
「ここにいる奴は全員、今夜の遊び相手を捜してる。 そういうパーティー」
「え!? ……じゃあ、雪哉は、その人の所へ行っちゃうのよね?」
「タイミングはかってからな」
「……私はどうするの!? 雪哉が行っちゃったら、誰かが寄って来るかも!」
「100%、寄って来ると考えていい」
「ちょっとー! ……聞いてないわよ……」
困惑し始める私を、雪哉はただ眺めている。
「瑠璃……焦りすぎだ。また心配になってきた……」
「…………」
「……今日のところは安心しろ。瑠璃が一人にならないように、一人呼んでおいたから……」
「え? それって誰? ……」
その時後ろから、誰かが私の頭に手を置いた。
“誰?” ……
「早かったな」
その人物に向かって、雪哉が話しかけた。
「あったりめぇーだ! 早く来ねぇーと、瑠璃に変な男が寄ってくるだろう!」
この声とこのテンションは……
─―クルッ……!
身体をクルッと回されて、例の後から来た人と向かい合う形になった。
「瑠璃ぃー! マヂ会いたかったんだぜぇ?」
─―ギュッ……
満面の笑みで、やはりいきなり抱きつかれた……
私の元へ来たのは、陽介だ。
「陽介……離れて?」
「えぇー? もう少しだけ良いじゃん! マヂ心配したぁ~! 心配しすぎたせいで、いつもよりも離れたくねぇーー~!!!」
私は一体、なんの心配をされているのだろう? ……
「なんの心配……?」
「なに言ってるんだ! 瑠璃、当たり前だろ?! あんなところに! 狂暴な肉食獣がいるじゃないか!!」
陽介が指差しているのは、雪哉だ。
「俺かよ?!」
そうして陽介はようやく、私を放してくれた。
「瑠璃、大丈夫だったか?! ホラ、ユキって変態だから……ユキに変な事されてないか?! ……」
まるで兄のように私を心配する陽介。
変なこと……? ……“されてない”とは言い切れないかも……
瑠「…………」
返答に困って、黙る私。
陽「……?!」
黙り込む私を見て、衝撃が走ったらしい陽介。
雪「陽介、先に言っておく、俺は無実だ!」
陽「信じられるかぁ~~ー!! ユッキーのバカッ!! コノ変態王子!!」
変態王子?? ……うん。少し納得。
こんな調子で雪哉と陽介は、少しの間じゃれていた。
陽「ヤバイ……やっぱり瑠璃は可愛い……瑠璃があんな、聖みたいな
瑠「陽介のところへ行く予定は、とりあえず、まったくない……」
また長々と話し始めた陽介。
そして雪哉は一人、冷静な眼差しで会場を見渡していた。
雪「見つけた……――」
雪哉が呟いた。それは元レッド エンジェルだという、例の人物を見つけた、という意味だ。
陽「マヂでマヂで?! 俺も見る!」
瑠「私も見たい!」
即刻、食い付く私と陽介。
雪「あの女だ。あの、“フェレット”みたいな雰囲気の女……」
陽「どんな女だよ?!」
雪哉が言うには、『フェレットみたいな雰囲気の女』だそうだ。私が見たところ、気ままなお嬢様風のように見えた。そういう雰囲気を雪哉は“フェレット”と言ったのかもしれない。
陽「あぁ言うのが、フェレットみたいって言うのか?! ……レッド エンジェルのキャットと同じような雰囲気じゃね?」
雪「キャットはネコみたいな雰囲気だ。そのままだな」
陽「あの女はレッド エンジェルの時、なんて呼び名だったんだ?」
雪「“フォレスト”」
瑠「“フォレスト”と“フェレット”? なんだか似てる……」
陽「もう“フェレット”で良いと思う……」
「「…………」」
結局私たちは、あの女の人の事を“フェレット”と呼ぶ事にした。
──目的の女の人は見つかったのに、雪哉はすぐには動かない。タイミングを計っているのかもしれない。
陽「なぁユッキー! 早く行けよ! ユキ様があの女を手懐けるところが見たいぜ!」
陽介はなんだかワクワクしているみたい。
手懐けるところ? ……見たいような、見たくないような……
雪「少し待て。もう少し、あの女にパーティーを愉しませる」
陽「えー! つまらねぇ!」
〝パーティーを愉しませる〟。これは相手を見付けるためのパーティー。向こうにも“選びたい気持ち”や“もっと待てば、もっと良い人が現れるかもしれない”っていう期待がある筈。雪哉は向こうにも選ぶ時間、愉しむ時間を与えているんだ。──その方が、あの女の人も満足する。
雪「……少し行ってくる」
陽「ようやくか! ユキ様いってらっしゃ~い!」
陽介はすごく楽しそう。私たち二人は、ドキドキとしながら、雪哉を見ていた。
──フェレットは現在、他の男と会話中。
雪哉はなんとなくの雰囲気づくりなのか、シャンパンの入ったグラスを片手に持っている。あの人、お酒飲めないけどね……シャンパンは完全に飾りだ。
少し離れた位置から、雪哉はさりげなくフェレットへ視線を向けた。……思わせ振りな眼差しだ。
……すると、フェレットが雪哉の視線に気がついた。
雪哉はというと、視線の絡んでいるフェレットに、ニッコリと笑いかける。思わせ振り……
けど、そこでは笑いかけただけだった。すぐに雪哉はその場を離れた。
陽「ユキのやつ……フェレットに“気がある”って思わせやがった……」
瑠「思わせ振りな態度……」
……──すると、先ほどまで男と楽しそうに会話をしていたフェレットが、早々とその男との会話を切り上げた。
再び一人になったフェレットが、キョロキョロと辺りを見渡す……
おそらく、フェレットは雪哉の事が気になっているんだ。
陽「あ! ユキお帰り!」
雪哉も、早々と私たちのところへと戻ってきた。
瑠「フェレット……絶対雪哉のこと捜してるよ?」
雪「あぁ。少し捜させる」
陽「ぅわ~……ユキ様自信ありげ……」
雪哉がフェレットに捜させている間が、やはり暇だ。そのせいか陽介はまた、やたらと私に話しかけてくる。
雪哉は私たちから少し離れた位置にいる。
気がついた事がある。
私と陽介で一緒にいるから、雪哉が一人みたいな状態になっていて……他の女の人が、チラチラと雪哉を見ている。みんな雪哉を気になってる……
それは、こんな綺麗な男が一人でいたら、狙いたくなるか……そういうパーティーなわけだし……
―「ねぇ一緒に話さない?」
あっ雪哉が逆ナンされてる……大人のお姉さんに、捕まった。……──と思ったら、まさかの展開……フェレットが、逆ナンされている雪哉を見ている……
瑠「陽介! フェレットが雪哉のこと見てる!」
陽「見つかっちまったな! ……て、ユキ逆ナンされてるし……」
フェレットは落ち着かない様子で、様子を伺っている。
けど、雪哉と逆ナン女はというと、少し話しただけで離れた。雪哉が断ったみたい。逆ナン女は、ガッカリとした様子で立ち去った。
一人が断られたら、他の人たちも結構身を引いた。
気になっていても、ハードルが高そうだから、そうそう話しかけられないみたい。
……すると、逆ナン女の誘いを断った雪哉が、フェレットを見た。 また思わせ振りな微笑みだ……
フェレットが、嬉しそうに雪哉の方に歩を進める。……──と、そこに、どこからか現れた男が、フェレットを呼び止めた。
瑠陽「「あっ……」」
迷惑そうな表情をするフェレット。
瑠陽「「おっ……?!」」
──そして、雪哉が動いた。
私と陽介は、ひそひそと様子を伺う。
フェレットの元へ向かう雪哉。
私と陽介はひっそりと耳をすまして、雪哉たち三人に聞き耳を立てる。
相変わらずフェレットは、迷惑そうな眼差しで男を見ている。
「……あなたに興味ないわ……急いでいるの……」
―「そんなこと言わないでさ? 俺と遊ばない? 」
「遊ばないわよ……」
男はしつこくフェレットにつきまとう。
―「後悔させないよ? 遊ぼうよ? ……」
……──そこに、得意げに微笑みながら、雪哉が登場。早々とフェレットの肩を抱き寄せる……
雪「後悔させねぇよ? 遊ぼうぜ?」
瑠陽「「……?! ……」」
……しかも、男のセリフを真似るという、挑発的態度……
陽「セリフ盗んだぞ? あぁいうのを、“人をバカにしたような態度”って言うんだな……!」
──だがさておき、フェレットはというと……
「え!」
雪哉が来てくれるとは思っていなかったフェレットは、驚いている様子。少し照れながら雪哉を見つめている。
雪「君のこと、ずっと気になってたんだ。他の男に捕まってるの見て、慌てて来ちまった……」
相変わらず雪哉は、思わせ振りな微笑みが上手い……
おそらくフェレットには、夢のような展開。フェレットは夢うつつになってる。
「わざわざ……来てくれたの? ……」
雪哉が笑みをつくりながら頷いた。
「嬉しいわ……――」
そして、その様子に焦り出したのは、フェレットをしつこく誘っていた男。
―「ねぇ待ってよ?! 俺と遊ぼうよ?!」
「…………」
フェレットはあっさりと男を無視した。となると当然、怒りの矛先は、雪哉……──
―「お前、いきなり現れてなんのつもりだ?! この女は、俺が貰う筈だったんだ!!」
雪哉に怒鳴る男。
フェレットには甘い表情をする雪哉……──だが、男に持ち合わせている表情はないらしく、冷ややかな視線を男に向ける。
雪「うるっせぇな……なんだよ……? ……」
―「なんだよじゃねーよ?! テメー横取りしやがって!!」
雪「横取りじゃねぇーよ……俺は初めから、コイツだけ狙ってたんだからな」
確かに、雪哉は初めからフェレットを狙っていた。だってフェレットは今回必要な人物だから。けど、雪哉がそんな事を言うから、フェレットが勘違いしている……
雪哉の事を見ていた他の女の人たちも、その様子を見て諦めたみたい。雪哉の事を見なくなった。
陽「ユキの奴ぅあっさりとフェレットを手に入れやがったぁ……!」
陽介は雪哉と同性だから、少し悔しそうにしてるし……
けどもっと悔しいのは、他でもなく、雪哉にフェレットを横取りされた男だ。
終いには、雪哉に手で“しっし! ”……って軽く追い払われてるし……気の毒。──結局、男は立ち去った。
──そうして雪哉とフェレットは、早くも仲良さげだ。イチャついてる……
雪哉は、恐ろしいまでに自然に振る舞っている。情報収集のために近づいたなんて思えない……
陽「なぁ瑠璃ー? この会場に便乗して、俺らも仲良くしよう!」
瑠「……便乗しない」
陽「えぇー! ……」
そうして私たちも、適当にパーティーを愉しんでいたところ……──雪哉がアイコンタクトを取ってきた。
そして、雪哉はフェレットの肩を抱き寄せながら、会場から離れていった……──
****
──人目のつかない廊下の片隅。
フェレットは雪哉の首に腕を絡めて、雪哉はフェレットの腰に腕を回す。……そして濃厚な口づけをする。お互いの首や胸元に、たくさんのキスをした。
フェレットに後ろを向かせて、雪哉は後ろからフェレットの胸の位置を抱き締めた。
「ねぇ名前……“雪哉”って言ったわよね?」
「あぁ。言った」
「それって、ブラック オーシャンの白谷と同じ名前ね? あっ……ブラック オーシャンって言っても、もしかして、分からない?」
フェレットは、本人だとは思っていないようだった。
その様子が可笑しくて、雪哉がクスクスと笑った。
「ちょっと……何笑ってるの!」
フェレットが雪哉の腕の中で体勢を変えて、雪哉の方を向いた。
向かい合う形になったフェレットの顔を、胸板に押し付けて抱き締めた。そして囁いた……──
「俺が、ブラック オーシャンの白谷だよ? ──」
「……?! ……え?! ……」
フェレットが驚いて、腕の中で顔を上げる。
「確か、ブラック オーシャンの四人が戻ったって聞いたけど? ……」
「戻った。そして、マーメイドを解散させた」
「……どうして?」
「“ある組織”から、逃がす為だ」
ある組織というのは、勿論レッド エンジェルだ。
それを分かっているフェレットは、いくらか緊張した面持ちへと変わる。
フェレットはこの話を避けたかった。自らの過去に負い目を感じているからこそ、レッド エンジェル絡みの話題を避けたいのだ。
……──気を取り直して、フェレットは雪哉の背中に腕を回す。するとフェレットが、雪哉の耳元で囁く……
「あなたがブラック オーシャンでも、構わない……──」
そのままフェレットは、雪哉の耳を咥える。
雪哉はフェレットの髪を撫でてた。更に、フェレットを抱き締める力を強める──
「なぁフォレスト──」
〝フォレスト〟とは、フェレットのレッド エンジェル時代の
その名の響きを聞くと、フェレットが一度動きを止めた。
沈黙が走る……──
そうして少しの間の後、フェレットが雪哉の耳を一舐め……──
「もしかして、知ってて近づいたのかしら?」
「そうだとしたら? ――」
フォレストの唇に、自分の唇を押しあてた。そのまま、絡まる舌と舌……──
唇を離して、フェレットが妖艶に笑う……
「悪い人ね……―─?」
そして今度は、フェレットから雪哉に口づけをした。
「怒らないのか?」
雪哉が余裕の笑みを溢す……──
フェレットが雪哉の頬に触れる──
「あなたがブラック オーシャンって言うなら…… ──情報が欲しくて来たのね?」
「あぁ、そうだ。悪かったな」
フェレットが首を横に振った。
「いいえ。謝る事じゃないわ? 情報収集の為に、わざわざブラック オーシャンの白谷が動くなんて……感心する……」
「理解があってよろしい。ありがと……」
お礼と言わんばかりに、雪哉はフェレットの額にキスした。
「歓迎する。ただし、条件を出す……」
「言ってみろ。その条件……」
雪哉はフェレットの長い髪を撫で続ける……
「今宵は貴方が、私の
雪哉はフッと笑った。
「当たり前だろ? 俺はもとから、心を潰した、玩具だ……――」
女は口角をつり上げてから、男に口づけをした……――
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