Chapter 3 【接触】
Episode 16 【RED ANGEL】
Episode 16 【RED ANGEL 1/3 ― 赤天使 ―】
◇─◇─────────────◇─◇
青い空を鳥が飛ぶ
青い海に魚が泳ぐ
空の青
大地の緑
海の青
美しい色で染まっているね…──
人間の心は何色だと思う?
純白に始まり、漆黒にだって染まるさ
人の心は絶えず色を変える
純白を保てる瞬間なんてきっと、刹那だろう
白を保てないのなら、何色を求める?
漆黒に染まろうか?……─―
いや、違う
どれだけ落ちて落ちて、奈落を見ても……
結局求めたのは、黒ではなかった
いつでも求めていたのは“赤”………──
僕を見た時に、恥ずかしそうに頬を染めた
君の頬を染める赤
熱を帯びて胸を焦がした
君を愛した心の色──
血の通う君を愛した
君を生かした“赤”が好きだ……──
落ちて落ちて落ちて、心が漆黒に染まろうと
僕が捨てきれないのは、赤い思い
どうか、赤を失わないでくれ
流れて流れて流れて、止まらない……
僕は君を抱きしめるのに
どうして君の頬は、赤く染まらなかった?
赤が欲しい赤が欲しい赤が欲しい……
君から、赤を奪わないでくれ
止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ……────
……赤く染まるエンジェル……
赤い天使
“RED ANGEL”……―――
◇─◇─────────────◇─◇
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――――――
白いコンクリートの壁の部屋。 壁の高い位置にある二つの窓から、外の光が差し込んでいた。
部屋には大中小の、いろいろな形をした花瓶がある……――そこに飾る花は、全て赤色。
……――片手に持つ、赤の花束。男はそれを無造作に、落とすように床へと置く。
――瞳をとじて、自分の身体に刻まれた紋章に触れる。“赤い天使の紋章”に。
「乱暴に扱うから、花が散ったじゃない?」
一人の女が、赤い花びらを人差し指と親指で
……――だが男は、女の言葉に反応を示さない。
無視をされた事に腹を立てた女は、口を尖らせながら、摘まんでいた花びらを落とした。
「人の話くらい聞けって感じ……! 嫌な奴!」
女は舌を鳴らし、悪態をつく。すると……
「何怒ってるの?」
次に何処からか現れた少女が、楽しそうにニコニコと笑いながら、女にそう問い掛けた。
女は少女へも、不機嫌な眼差しを向けた。
「アンタも笑ってんな! ムカつく!」
「だから~、なんで怒ってるの?」
少女はわざとらしく首を傾ける。
少女のわざとらしい行動が、また女を苛立たせた。
「どいつもこいつも! 気に入らない……!」
女は腕組みをしながら、大きくそっぽを向いてしまう。
依然、少女はケラケラと笑っている。
するとようやく、男が口を開く。
「……騒がしい。黙ってくれないか?」
男はそっと、とじていた瞳をひらいた。
「は~い。ごめんなさ~い」
「はいはい! ……黙ればいいんでしょ?」
少女と女は口をつぐむ。
――静かになった部屋で、三人は砂時計を眺めた。キラキラと光る砂が、音もなく落ちていく。……――少しすると、砂が全て落ち、動きを止める。
落ちきって止まった砂時計を見て、男がため息をついた。
少女は首を傾げて言う。
「来ないね」
「仕方ない。あと一回、砂が落ちきったら始める」
三人には待ち人がいた。待ち人は現れない。
しぶしぶと、砂時計を再び動かした。
「もういいじゃん。始めるわよ?」
女が待ちくたびれたように言う。
「砂が落ちるまで待つだけなのに?」
少女はキョトンとした表情で女を見ている。
「あんまり待つようなら、私は帰るけど? 早くしてくれない?」
女の苛立ちが募る。そしてそのまま、女は扉へと歩を進めた。
「じゃあ、また後でね」
扉を開きながら、女が振り返って言う。
その時、扉の向こう側から二人の男が歩いて来た。その男の一人が言う。
「“また後で”って、帰るつもりですか?」
扉の向こう側から来たその男は、眼鏡をかけている。
「……やっと来た。遅刻組」
待ち人が来ると、女は呆れた顔をしながら、渋々と部屋へと戻った。
「やっと、五人集まったね」
少女がニッコリと笑う。
「遅れてすみませんでした。……――けれど、遅刻しただけあって、任された任務はしっかりと遂行しましたけどね」
眼鏡の男が得意に笑いながら、PCを立ち上げ始めた。
全員が、チカチカと光る液晶を眺め始める。
……――PCを眺めながら、初めにいた赤い花束の男は、満足そうに口角をあげた……
――咲き誇る深紅の華が、風に揺れた。
――そう、不吉なまでに、深紅の花びらが散る……────
――――――
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岬「響さん! なんとか言ってやって下さいよ!」
千「誓さんと瑠璃さん、イチャつきすぎですよね?!」
光「自慢にしか見えません!!」
響「確かに、モテない奴には“自慢にしか見えない”かもな」
岬「その言い方、残酷ですね!」
千「傷つきました!」
此方はいつもの喫茶店。……――そして誓と瑠璃を見ながら、響に嘆く、いつもの五人組。
この五人、嘆くわりに、しっかりと見てくる。
瑠「あんまり見ないでよ」
千「イチャつく方が悪い!」
瑠「イチャついてないけど?」
光「甘ったるいムードが出すぎです!」
隼「見た感じ、随分距離が縮まっている気がしますけど?」
何気に鋭い隼人が、ボソッと一言。
亮「確かに、よそよそしさが随分消えましたね」
五人の中で案外まともである亮まで、加えて発言をしてくる。
瑠「え……?」
“距離が縮まった”の言葉に瑠璃が過剰に反応する。……――この間の一夜が、頭をよぎる。
図星をつかれた瑠璃は、取り敢えず両手でグラスを掴みながら、ストローでウーロン茶を一気に飲み始めた。
そして、瑠璃の行動をじっくりと観察するBoyS Five……――
――ズーーーーー……──―─
やがてウーロン茶がなくなって、ストローを吸う音だけが響く……
亮「ウーロン茶、もうグラスに入ってませんよ?」
今度はむせり出す瑠璃。
岬「瑠璃さん分かりやすすぎです! ……――どうでしたか?! 愉しかったですか??」
デリカシーのない岬が発言。何を想像しながら、そう聞いてくるのやら。
誓「黙れクソガキ」
すると誓が、岬におしぼりを投げつける。……――顔面直撃だ。
岬「別にいいじゃないスか!」
誓「瑠璃の事イジメるな」
更に再び、おしぼりを投げつける。……――二個目、同じく顔面直撃。
岬「誓さん! 俺の事イジメないで下さい!」
瑠「誓ぃ~~岬がイジメる!」
誓に
よしよしと、瑠璃の頭を撫でる誓。
隼「……イチャイチャが始まったぞ」
千「誓さんは、瑠璃さんにだけ優しすぎです!」
誓「当たり前だろ」
誓が瑠璃の肩を抱き寄せる。
それを見て、また騒ぐ五人。
岬「あーー~! やっぱり自慢じゃないですか!」
千「人前でベタベタしないで下さい!」
誓はうるさい五人をとにかく無視だ。
岬「ついに無視ですか!?」
千「誓さん! 誓さん!? 無視っスか? ……――“聖さん”!!」
亮「聖さん??」
千「間違えた。似てるから!」
響「その名前禁句だぞ?」
光「禁句?? ……」
顔を見合わせる五人へと、響が耳打ちをする。
響「誓は結構な可能性で、“聖”の名前を聞くと不機嫌になる」
岬「自分の弟じゃないですか?!」
響「自分と間違えられる事とか、おそらく、一番嫌いだ」
すると案の定……――
誓「どこが似てんだよ? 俺は聖じゃない」
誓は席から立ち上がった。
お決まりの、“聖、イコール苛立つ、イコール喫煙タイム”が始まる。
誓「瑠璃、少し待ってろ」
瑠璃は不思議そうに誓を見る。
瑠「どこ行くの?」
誓「タバコ」
タバコを吸う仕草を取って見せた。
瑠璃はタバコなら待ってようかとも思ったけれど、やはり誓と一緒にいたかった。
瑠「私も行く」
******
━━━━【〝
俺がタバコを吸いに行くって言ったら、瑠璃も一緒に来てくれた。
……――本当は別に、吸いたい訳ではないんだ。そう、“気持ちを落ち着かせたいだけ”。
タバコを吸うよりも、瑠璃と二人になれるなら、その方がずっと落ち着く。
「タバコ、吸うんじゃないの?」
瑠璃は不思議そうな顔で俺を見てる。それはそうだ。タバコを吸う為に外へと出た俺が、タバコを取り出す素振りさえないのだから。
「瑠璃がいるなら不要だろう? ……――落ち着きたかっただけなんだ」
――日々、俺の中で瑠璃の存在が大きくなる。
当然好きだし、それに何より、一緒にいると落ち着くんだ。瑠璃と一緒にいる時は、素でいられる。
俺にとって、瑠璃の代わりはいない。……――そう絶対に、代わりなんている訳がない。
もしもすごく好きな奴が、ずっと自分を見てくれなかったとしたら、人ってどうなる? “似てる奴”を慰めにするか?
BLACK MERMAIDの女総長の事もあって、聖と間違えられる事が嫌で仕方がないんだ。 ……だいたい、似てないけどよ。
俺は聖の代わりじゃない。 聖も俺の代わりじゃない。
……――仮に瑠璃にとっての俺の存在が、聖に務まっちまったら、俺、リアルにへこむ……
****―――――――――──
「誓と聖って、そんなに似てるの?」
「全く似てない。見た目から性格まで、全く違う!」
誓は全否定だ。必死すぎる誓がなんだか可笑しくて、瑠璃の表情は綻んだ。
「必死に否定しすぎだよ。 そんなに嫌なの?」
「嫌だ。アイツは馬鹿だしな」
「馬鹿?」
「あれは、馬鹿としか言いようがない。寝ようと思った瞬間に寝るし、ひっぱたいても起きねぇし! 考え込むと、永遠とグラスに水を注ぐしな!」
「水を注ぐ??」
「とにかく、聖は考え込むと何かをやらかす! 聖のせいで、水道代が深刻だったくらいだからな!」
聖を悪く言うわりに、誓は楽しそうに話しをしているように見えた。
瑠璃はそんな話を聞いているのも楽しかったし、何より、誓が楽しそうに話をするのが嬉しかった。
……――誓はその話をきっかけに、懐かしそうに聖の話を瑠璃に話した。
「小学校ではガラスは割る、学校は抜け出す……――清掃では箒で野球をするような……悪ガキ。中学では喧嘩三昧。年がら年中、生傷だらけ。 ……高校で暴走族。BLACK OCEANだ。……中坊のときは生傷だらけだったのに、いつからか、拳以外の傷はなくなった……」
誓の言葉を聞きながら、瑠璃は不思議そうにしている。“拳以外の傷はなくなった”……――その意味が、瑠璃には分からなかったからだ。
するとその様子に気が付いて、誓は自分の手をグーにして、それを瑠璃に見せた。
「“殴る”って、すごく痛いんだ。殴り続ければ、その拳は傷つく」
すると瑠璃は理解したように、ハッとした。
「拳以外の傷はないって事は……」
「そうだ。確実に喧嘩の腕が上がった」
誓は懐かしむように瞳を少しだけ細めて、遠くを見た……
さっきまでは楽しそうに話していたというのに、誓はため息をついた。
「喧嘩の腕を上げて、何になるんだろうな? そのせいでBLACK OCEANにまでなっちまった。そして今度は、RED ANGELにまで巻き込まれた。……――早く聖を、連れ戻さないとな。これ以上、間違った方向には進ませない」
「…………誓、前に私の事、“いい姉貴だな”って言ってくれたでしょう? 誓は“いいお兄さん”だね」
「違うな」
瑠璃の言葉とは裏腹に、誓は浮かない顔をした。
「どうして、そんな顔をするの?」
浮かない表情の誓……――すると瑠璃は、少しだけ背伸びをしながら、誓の頭を撫でた。
瑠璃の行動に意表を突かれたのか、誓は目を見張っている。………――恥ずかしくなり、瑠璃の手から逃れる。
「俺はガキかよ! 恥ずかしいから止めろ。……」
「なんだか、落ち込んでるんだもん」
「別に落ち込んでない」
するとお返しと言わんばかりに、誓が瑠璃の頭を撫でた。
瑠璃は素直に、嬉しそうに笑う……――
だが……
――クシャクシャクシャクシャッ!
――ボサボサボサボサ!
「……撫ですぎ。頭ボサボサになった! 絶対にわざとだ!」
瑠璃がムキになって言うと、誓は意地悪に笑った。
――クシャクシャッ!
瑠璃のお返しだ。だがやはり……――
――クシャクシャクシャクシャッ!
――ボサボサボサボサ!
その後に、誓からの倍返し。
「誓がイジメるぅ~~!」
「バーカ! 可愛いからだよ!」
“可愛いからだよ”……――瑠璃は内心、嬉しく思っているのだった。
けれどそれでも、瑠璃は誓にやり返したい。やり返してやろうと、手を伸ばすと……――
――ガシッ!
腕を掴まれて、簡単に防がれた。
それでも、瑠璃は粘る……
だが、終いには背伸びをされた。
瑠璃はいじけるように、少しだけ頬を膨らます。
……――ふざけながら意地悪をしたり、されたり、いじけたり、それでも二人の瞳の奥は同じだった。この瞳の奥で、恋人の事を愛しく思った。
「ねぇ、どうしてさっき、“違う”って言ったの?」
瑠璃が言っている話は、さっきの兄弟の話の事。
“違う”と答えて、誓は浮かない表情をしていたから。
すると誓は一呼吸おいてから、瑠璃に自分の心の内を話した。
「ガキの頃から今まで、俺は“兄貴”としての務めを、一度だって果たした事がない」
瑠璃はただ黙って、誓の言葉を聞いた。
「本当は俺と聖は、“腹違いの兄弟”だ。……実際に会ったのは、俺が十歳、聖が五歳の時。聖は親父の不倫相手との子供だったんだ。
……――そして結局、父親が最後に選んだのは、俺の母親じゃない。親父は不倫相手を選んだ。つまり聖の母親を。
……――それから初めて、聖と会った。父親と聖の母親、聖、前妻との子供の俺、形だけ俺らは家族になった」
誓は話し続ける……――
「俺は聖を受け入れる事が、出来なかったんだ。遊んでもやらなかった。ほとんど口も利かなかった。
……俺は聖が喧嘩をするようになったのも、BLACK OCEANになったのも、家庭のせいだと思ってる。俺のせいだと思ってる」
悲しい顔をした誓の手を、瑠璃は強く握ってた。……――優しく、そして強く握った。
父親が、自分の母親を選んでくれなかった悔しさ。
母親と離れた寂しさ。
寂しく思う程に、義理の母親を受け入れられなかった。
義理の母親を受け入れられない程に、弟も受け入れられなかった。
「成長するにつれて、自分の愚かさに気が付いた。“どうして聖を、受け入れてやれなかったんだ”ってな。それからだ。……喧嘩ばかりの聖を、いつも追いかけ回してた。そのうちに聖は“BLACK OCEAN”、俺は“警察”。弟を正してやる事が、せめてもの罪滅ぼしだと思ってる」
――誓がずっと抱き続けてきた、罪悪感。
弟の踏み入れている危険な世界。その世界から弟を守る為に、警察官になった。
弟が大きな過ちを犯してしまう前に、正したいと思った。
あらゆる危険から守りたかった。
被害者になってもらいたくなかった。
加害者にもなってもらいたくなかった。
そうさせない事が、自分の役目だと思っている。
****
━━━━【〝
誓は聖の事になると、いつもどこか、冷静さを無くしていた。それがどうしてなのか、少しだけ、理解出来た気がした。誓の抱いている、兄弟関係のコンプレックス。
……――私は妹が泣きながら訪ねて来たあの日、今まで傍にいてやらなかった事を、後悔した。
誓のそれとはまた、違うものだったとしても、それは私が妹に抱く、罪悪感。
私たち二人はそれぞれ、弟と妹に罪悪感を抱く兄と姉。
こんなに惹かれ合う理由は、もしかしたらその共通点だろうか……
好きの気持ちや、ときめき、誓と一緒にいると、いろいろな感情が生まれる。
そして、好きで好きで仕方がない気持ちだけではなくて、何より誓と一緒にいると、落ち着く事が出来る。
その落ち着く感覚は、共通点の惹かれ合いからのものなのかもしれない。
――誓が自分の弱さを見せてくれたのが、嬉しかった。
飾ったりしない、一人の人間としての素顔。
弱さも含めて、愛しく想った。
もしも誓が悲しいなら、私が支えになりたい。
傍にいて、愛し愛されたい。 ずっとずっと……───
――――――
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