Episode 12 【その後 2/3 ―海を渇望する黒人魚― 】

―――――――

――――――――――――――――


 幾重ものバイクのライトが重なり合いながら、光っている。


 エンジン音が轟く……――


 闇夜を飾る、ライトの前に立つのは……――冷たい目をした、女……――――――


****

━━━━【〝YURINOユリノ〟Point of v視点iew 】━━━━


 ライトに照らされながら、先頭に立つ。


 ―――〝悪くない〟 ―――


 ―――轟くバイク音……――


 ――私の思考をリセットさせる。


 轟きに合わせて、自分の闇が隠れる気分……――


 ―――〝渦巻く黒は、心を蝕む〟―――


 ――日に日に濃厚に、強く。


 ライトに照らさて、大きく伸びる影……――黒くて巨大な、蛇に見える。

 心に飼っている、私の大蛇に似ている。


 ―――〝この闇をどうすればいい?〟―――


 ―――〝報われない……〟―――


 昔から、手に入らないんだ……――


 誰か私を、慰めて……


 誰でもいいのか…?――――……いや、違う。この闇を消せるのは、他でもない。私の闇を広げる原因となる人物、“アイツだけ”だ……


 闇をつくる人物も、闇を消せる人物も、同じ……


 ………―――荒んだ心に、アイツを描きながら、ふと、さっきの男が頭に浮かぶ。……

 あの男は何者だ?あの男は、誰だ……――?

似ていた……―――

 ――さっきの男になら、私の心を癒す事が、少しは出来たかもしれなかったのに……あの男は私の事を、抱いてくれなかった。


 ―――〝闇は深まるばかり〟―――


 収まらない感情を、今宵の闇夜にぶつける……――――


「あんたら最近、出しゃばりすぎだ。誰に許可を取って、私の街を荒らしている…――?」


 目の前にいるグループは【白麟ハクリン】。  

 最近、五月蝿い……――目障りな族――。

 そして私の後ろにいるのは、【BLACK MERMAID】私の、可愛い部下たち……―――


「アンタたち五月蝿いから……―― アタシらBLACK MERMAIDが、潰してやる……」


 ――私の一声で一気に始まる、乱闘騒ぎ。


 ――気分が良い。愉しませてよ? ……――


 ……―――これは気晴らしに過ぎない。


――〝私の気休めに、潰れてしまえばいい〟――


 ――……乱闘を眺めながら、やっぱり考える。アイツの事を……


 どうしてよ……もうアタシ、駄目だ……狂ってる……


 昔からそうだった。アンタは、私の事なんて少しも……見てはくれない。

 だから、傍に居れるだけで良かったのに……私を置いて、いなくなって……酷いわよ……


 闇夜で呼吸をする、裏の世界で生まれた私の身の上……――私は一生、この世界でしか生きられないのに……私を置いて、アイツは行ってしまった……


 傍に居たかったのに……戻って来てよ……戻って来て……――――


 いつ、戻って来てくれる?……早く、“早く”……――早くしないと……私、どうするか分からない……―――


 ――〝闇が大きくなるんだ……〟――


 無意識に記憶の中のアイツを捜しながら、バイクに寄り掛かり、この乱闘を、高みの見物…――


 白麟の奴ら、情けない驚いた顔をしてやがった。


 お願いだから愉しませてよね?……――


 ――その時ふと、不意に感じる背後からの気配。


 どうやらこそこそと、後ろへと回り込んだ奴がいるみたいね?

 全く…――やっぱり駄目ね。私の事、守りきれてないじゃない? 可愛い部下たちに、後で説教をしなくちゃ。


「女が調子に乗ってんじゃねーよ!!!」


「アンタ誰?」


 私の後ろに回り込んだ男が声を荒げながら、私の肩を掴んだ。白麟の、下っ端野郎。

 触れるんじゃねぇーよ……女だからって舐めやがって……――


「誰に触れてんだ?! ……下っ端男がっっ!!」


 ―ガンッ!!


 わたし、気に入らなかったから、回し蹴りをしてやった。

 ――男の首にヒット。男は軽く吹っ飛んで、私の視界から失せた。

 ――冷たい目を、男に向ける。

 視界に入った男は私を睨んでいる……―――“その目”、やっぱり私を、舐めてやがる。…――


 ―ドカッ!


 私は男が起き上がる前に、素早く顔面に蹴りを入れる。


「う゛……コノ野郎っ!!!」


「……っ……―!!?」


 男は私に掴み掛かりそのまま倒すと、私を地面へと押さえ付ける。


 …――ちっ……――面倒な男ね……


 この状況でも、私は全く動じない。

 血走った目の男。……――私の髪を鷲掴みにしながら、すごい形相。


「女総長……男に敵うと思ってんのか?! 何とか言えや!!」


 私は口元に、そっと笑みを浮かべる。


「さぁね…――私の回し蹴りはどうだったかしら?」


 私の態度に、男は一瞬、表情を変えた。


「あ? テメーこの状況、分かって口を利いてんのか?」


「“分かっている”に決まってるじゃない。アンタ馬鹿?……――」


 押さえ付けられながら、私は笑ってやった。


 ――アンタに押さえ付けられたところで、何も怖くない……――


「ねぇどうなのよ? 私の回し蹴り、悪くなかったでしょう? ……自慢なのよ?」


「……肝は据わっているみてぇだな。さすが総長だ。…――だがな、自分が女って事は、自覚した方がいい」


「何言ってるのよ? 自覚してるに決まっているじゃないの?」


 ……――すると男は、呆れた表情をする。


 ――コイツは完全に、私に勝ったつもりでいる。

 その前に、もしも私が男だったとして、この状況だったなら、めった殴りにしている筈……――それをしない時点で、女扱いだ。


「お前は俺らの総長へと突き出す。……―その後は、せいぜい可愛がってもらえ」


 ほらね、女扱い。ここでめった殴りにされたら、確かに敵わない。けれど、女扱いをしすぎると、怪我する事になるかもね? ……――


「女って事を、体で教えてもらえるぜ? ……――」


 男が嫌な笑みを浮かべる。


「総長に突き出す? …――随分と忠実なのね?」


「当たり前だろう? 白麟にとって、総長は絶対的だ」


「フーン……意外と真面目」


「BLACK MERMAIDはどうなんだよ? …女総長?――」


 馬鹿にしやがって、さっきから“女”を強調しやがる。――悪いわけ? 放っておいてちょうだい。……――仕方ないじゃない。


……――コイツの質問は無視して、私は話題を戻す。“だってこの話題は、必要な話題”なんだから。


「〝総長に私を差し出すわけ? 〟…――」


「さっきから言ってんだろう……」


「へー……アンタこの状況、分かって言っているの……?」


 するとまた、呆れた表情をする男。……――


「この状況だから言ってんだろうっ!!」


 あー……私が言っている事、分かってないみたい。声を荒げて、五月蝿い男ね。笑っちゃうわ。


「何を笑ってやがる!!」


「可笑しいんだもの……――アンタが馬鹿で」


「あぁ?!」


 ――笑う事を止めて、男の目を見て言う。


「馬鹿じゃない? この状況が分からないの? 私の事を押し倒しておいて、 アンタは私を、総長に渡していい訳……――?」


「……お前、何言ってんだよ……」


 驚いた表情で、男は目を泳がせる。――面白い。この男、動揺してる。


「このまま、私を総長に渡しちゃっていいの…――?」


「……当たり前だろっ!」


「ねぇ……――動揺してる、迷っているの? ……力じゃ敵わないわ……今の私は、アンタの思いのまま……――」


 ――そう、喧嘩が出来ない訳ではないの…――


「どうなのよ? アンタ、悪くないわ……総長を立てる事ないじゃない? 自分はどうなのよ……?」


 けれど、力と力じゃ、敵わない時がある。


「私と遊んでよ……?」


 女は、賢くなればいい…――


 ――どう出るか? 楽しみね。

 ――コイツ、本当に見た目は悪くない。美男子が驚きのあまり、固まっている。……笑っちゃうわね。


「無視なんて酷いわね……私、そんなに魅力ない?……」


「…………そんなことねぇ……」


 ――……その気になってきたかしら?


「どういう意味?……」


「…………お前、いい女だ……」


 ――もう少し。


「……嬉しい。…――ねぇ、痛いわ。……髪、放して?」


 乱暴に掴んでいた私の髪を、男はゆっくりと放した。


 やっと放した。髪、掴まれている事、すごく不快だった。 取り敢えず、髪は解放された……――


「……アンタいい男ね……楽しませてね……」


 お互い、色目で視線を絡める……


 ――〝〟――


 ――私を押さえ込んでいる力も、随分と優しくなったわね…――?


 私にそっと、男は顔を近付ける。

 へー……キスからする派? でも、お預けしようかな。


「そう言えば……私を総長に突き出すんだっけ?……」


 男はキスをしようとする動作を、一度止めた。――すると、私を見たまま男が言う。


「やめた。……」


「へー……やめたんだ。どうして?」


 最初は総長を立てていたくせに……単純すぎね。

男って馬鹿?…――


 “どうしてやめたの?”…――面白いから言わせてやる……――


「俺が貰う」


 ――〝気分がいいね〟――


「私が惜しくなったの?」


 闇は広がる………


 渦巻く………


 求められる快感が欲しい…――


「あぁ。総長に渡すのはもったいない」


「……私が欲しい?」


「欲しくなった……」


 ――〝アンタはもう、敵じゃないね〟――


 ――いつの間にか、押さえ込まれていた体は、解放されている。

 私はただ、地面に寝ているだけの状態。


 ――馬鹿ね……――?

 ――けれどアンタ美男子だから、キスくらいもらっておこうかな? ……


 男と唇を重ねた。


 気休め……


 酔いしれるつもりはない。


 酔いしれる暇もない。


 ――早くコイツを、どうにかしなくちゃね……――


 首を動かして、キスから逃れる。……――

 男は不思議そうな目を、私に向ける。


「ごめんなさい……」


「……どうした?」


 面白すぎて、もう私は満面の笑み……――


「今、“戦闘中”…――」


 ――額に頭突きをして、蹴りを一発。


 男の下から脱出した私は、疾走だ。


―「……っ痛……――待ちやがれっ!!?」


 怒った声が聞こえたけれど、男は追っては来ない。


 ごめんなさいね? 白麟の美男子さん。…――騙すには少し、もったいなかったかな? 女だからって、舐めているからよ。


 ………――けれど、あんな事をするのは、久しぶりだった。

 昔はよく、やったけどね。押さえ込まれたら、誘惑して噛み付いたり……――?


 どうして久しぶりだったのか……分かっている……

 あの四人と仲間になってからは……アイツら四人が、しっかりと私を、守ってくれたから………


 ――“欲しくなった”――……悪い言葉じゃないね。

 どうでもいい奴になら、簡単にそう、言わせる事、出来るのにね。上手く、いかない……


 ―――“聖”―――


 ――もしもさっきの奴が、アンタだったなら……私はキスに酔いしれて、背中に腕を回して………放したりしない…………


 どうにもならない、私の気持ち……


 今宵は久しぶりに、暴れるしかないね……――


 ――眼光を細めて……―獲物を見極めながら、乱闘の渦へと身を投じる……――




―――――――――――――――――――――――


 潤いを求めて苦しむ人魚は、 乾いた大地から、海を探す……――


 大地に身を、擦り削りながら……


 求める海は、〝BLACK OCEAN〟…………――――


―――――――――――――――――――――――



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