第9話 改変された世界

 世界は残酷だ。

 ハルちゃんがいなくなったこととは無関係に時間は過ぎてゆく。

 俺は花火の夜に帰りが遅くなったことを親に怒られ、残り短い夏休みの間は遊びにいくことを禁止された。

 やることがなく家の中で勉強をしたり、ゲームをしたり、スマホに登録し直したハルちゃんの名前とメアドを見つめたりするくらいしかやることがなかった。

 スマホの中にあったハルちゃんの写真は、二人で撮ったものも含め全て消えていて、友達と複数人で撮ったものはハルちゃんだけが消えていた。

 それ以外にも現像した写真を収めていたアルバムが、最初から存在していなかったかのようになくなっていた。

 そういうひとつひとつに、ハルちゃんがこの世界にはいないのだということを突き付けられているようだった。


 久しぶりの外出はハルちゃんの家でやるバーベキューだった。

 父さんとおじさんがタープを張り、コンロに火起こしをしたりと張り切っていた。母さんとおばさんがその準備の間に用意していた食材をコンロの上に置かれた網の上で焼いていく。煙が上がるのを見ながら、手が空いた父さんたちはビールを飲み始めていた。

 俺と翔は暇をつぶすように、庭に面した部屋の中でゲームをしながら駄弁っていた。


「ねえ、悠兄ちゃん。やっぱ高難度クエやろうよ」

「さすがにそこまでやる余裕も時間ないだろ。適当に周回できるクエにしようぜ。翔の集めたい素材でいいからさ」

「まあ、悠兄ちゃんがそう言うなら……」

「……って、おい! 微妙に面倒なクエ貼ってんじゃねえか」

「これくらいならいいでしょ?」


 そうやって手を動かしながら、「なあ、翔――」と話しかける。翔も手を動かしながら、「なに?」と尋ね返してくる。


「そういや、翔とも付き合い長いけど、仲良くなるきっかけって、なんだったっけ?」


 確かめたいことをそれとなく尋ねる。

 俺は翔がおばさんのお腹の中にいたころから知っている。弟ができたみたいで嬉しくて、ハルちゃんと一緒に赤ん坊の翔の世話を手伝ったりもした。翔と遊ぶのも兄弟で遊ぶのと同義で当たり前の流れだった。

 だけど、それは俺とハルちゃんが出会って家族同士が仲良くなったからこそで、このハルちゃんのいない世界では、翔とどう知り合って仲良くなったのか見当がつかなかった。

 俺と翔は歳が三つ離れている。この差が大きいのだ。

 俺の付き合いのある人の中で、所属していた地域のサッカークラブ以外で親しく話すほどの仲になった三歳以上年下の相手はいない。学校で、学年の垣根なく合同でやるようなイベントで話してもその場限りであることが多く、挨拶をする程度の付き合いで終わる。

 それに親しく話すようになっても、翔以外とはプライベートでも遊ぶということはまずなかった。それは遊ぶなら最初の選択肢が同級生になるというのも大きな理由の一つだった。

 中学校に入れば、三歳以上離れた同年代と絡む機会は一気に制限される。俺は学校のサッカー部に所属していたので、先輩後輩も中学校内で完結している。

 翔だけが、血は繋がっていないが弟みたいな存在なので特別だった。


「うーん……あんま覚えてないかも。なんか気が付いたら悠兄ちゃんや健太兄ちゃんとかと一緒にサッカーやってたって感じ」

「……そっか」


 昔の記憶は薄れていく。俺もハルちゃんと最初に交わした言葉はなんだったかと聞かれたとしても、覚えてはない。印象的な出会いや出来事であれば覚えているかもしれないが、それすらも絶対じゃない。


「僕が代わりに答えてあげようか?」


 縁側に腰かけ、父さんとビール片手に話していたおじさんが顔をこちらに向けながら、話に割って入ってきた。


「覚えているんですか?」

「まあね。それがきっかけでこうやって一緒にバーベキューしたり、悠くんとサッカー観戦したりする仲になったんだから」


 おじさんは上機嫌に話し始めた。

 それは俺が三年生で翔が幼稚園の年長の秋ごろの話だった。

 そのころ、翔はサッカーに興味を持ちはじめ、誕生日にサッカーボールを買ってあげたそうだ。そのボールを使って広い場所でサッカーをしようとおじさんと翔は公園に繰り出した。

 しかし、おじさんは運動が苦手なので、翔を満足させることができなかった。だから、せめて思いっきりボールを蹴れる場所をと思い、公園内にあるグラウンドに行ってみると、ちょうど地域のサッカークラブが練習をしていた。

 その練習を見て、翔が興味津々とばかりに目を輝かせるので、しばらく練習を眺めていた。

 そうしていると、二軍の練習を見ていたコーチが一緒にやりますかと声を掛けてくれたそうで、そこで俺をはじめ数人が翔の相手をした。それから練習が終わるまで翔は楽しそうに混じっていた。

 おじさんがお礼にと飲み物を近くのコンビニで翔の相手をした俺を含む数人におごり、そこで解散したが俺だけはおじさんと翔と帰り道が一緒になった。

 せっかくだからと話し始めたら、思いのほかサッカー談議が盛り上がってしまった。おじさんの周りにはサッカーに詳しい人も軽くでも話せる相手もおらず、それが小学生相手でも好きなことを好きなだけ話せるというのは嬉しかったそうだ。

 さらには家もかなり近いということも分かりそのまま家に寄って、父さんに事情を話し、改めて感謝したそうだ。これを機に仲良くしましょうと、後日仕事終わりに父親同士で飲みに行ったら意気投合し、母親同士も気が合い、家族ぐるみの付き合いになったそうだ。



「とまあ、こんな感じでしたよね、羽山さん」

「そうですね。息子同士が知り合った縁で、今ではご近所さんや友人以上の付き合いになったし、世の中どこでどんな出会いがあるか分からないから面白いですよね」

「ですね。それに小学校に上がってすぐに翔がクラブに入ってから聞いたけど、コーチに翔を混ぜてあげようって言ったの悠くんなんでしょ? 本当に覚えてないのかい?」

「えっと……そんなこともあったかなと……」

「いやあ、謙遜だとしても、憎いねえ。普段から、さらっとこういうことしてるから覚えてないんだろうね。悠くん、学校でも人気者だったり、モテたりしてるんじゃないのかい?」

「そんなことないですよ。友達は多い方ですが」

「あっ、悠兄ちゃん! そろそろちゃんと手を動かしてよ。さっきからあんま動いてないから、こっちがやばいんだけど!」


 翔とのゲームに戻ると、またおじさんは父さんとの話に戻っていった。さっきの話で懐かしい気持ちになったのか昔話にふけっているようだった。


 おじさんがさっき話してくれたエピソードは、本当は俺もよく覚えていた。

 翔がサッカーに興味を持ちだしたのは年長で、たまに家の周りや公園で俺のサッカーボールで遊んでいた。それでは物足りなくなり、マイボールが欲しいとおじさんにねだり、誕生日に買ってもらっていた。買ってもらったのがプロの試合で使われているやつなんだと、マイボールを自慢されたから覚えている。

 そして、おじさんがさっき話した理由でグラウンドにやって来て、それを見つけた俺がコーチに「少し混ぜてあげることはできませんか」とお願いをした。コーチは「体験入部ってことでいいだろ。羽山、知り合いならお前が相手してやれ」と快く了承してくれた。それを受けて、同じクラブに所属していた健太と俺が中心になり、翔の相手をした。

 翔はそれ以降サッカーにどっぷりとハマり、練習にいく俺に付いてきたりするようになり、小学校に上がってすぐに正式にクラブに入った。

 おじさんが俺との出会いと称して話したのは、翔がサッカークラブに入るきっかけになったエピソードだった。

 ハルちゃんがいなければ、そういう出会い方をしていたかもしれないという世界の話で、納得できるものだった。


 ハルちゃんがいなくなったということ以外は、何ひとつ変わらない日常が続いていた。

 その中で、俺だけが知っている女の子がいたというのは、客観的に見ればおかしいのは俺の方だ。

 何が本当で、何を信じていいのか分からないまま、ハルちゃんがいなくなった夏休みは終わった――。

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