第32話




「…はい。」




だから、天野さんの忠告にも私は曖昧に頷くしかない。




「じゃあな。」




そんな私を一瞥した天野さんは、そのまま身を翻して直ぐに人混みに紛れ込んで見えなくなる。




「………ありがとうございました。」




ぽつりと零れ落ちた天野さんへの感謝の言葉。




その声は、彼に届く事はない。




この場に残るのは、天野さんの煙草の残り香だけ。




「ーーー天野、さん。」



不思議な人。



この香りだけが彼がいた証拠。

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