第56話

冬樹が教室を無事脱出して走り去った後、1年A組周辺では大変な騒ぎとなった。


「何だ…あの身の軽さはっ」

「くそっ!あの瞬発力、欲しいぜっ!!」

「野崎…絶対GETしてみせる!」

「まだ、間に合う!!追い掛けろっ!!」


逆に、スカウトの上級生達に火を付けてしまったようだ。

それだけではない。


「逃走に成功した奴がいるって?」

「今年はそんなイキのいい奴がいるのかっ!?よしっ!ウチの部になんとかして引き込め!!」


更に、冬樹を狙っていなかった部の者にさえ名前は知れ渡り、獲得に乗り出すという大きな事態になってしまったのだった。



冬樹が走り去った後をバタバタと追い掛ける上級生達を見送って、雅耶は廊下に立ち尽くしていた。

あまりにもあっという間の出来事で、思わず呆然としてしまった。


「すげーな…冬樹チャン。俺らを盾に使うとは、やってくれるねェ」


長瀬が楽しそうに笑って言った。


「ホントだよな…」


人を壁に使うなんて、ヒドイ奴だ。


「でも、ちょっと面白くなってきたんじゃん?冬樹チャン争奪戦みたいになってきちゃって♪いったい何処の部がGETするか見物だよ~」

「想像以上にスゴイな…。でも、追われてる方はシャレになんないよな…」


そんな事を話しているうちにも、他のクラスで揉めてる声や、逃走を図ろうと暴れてる声が廊下まで聞こえてきて、雅耶は苦笑いを浮かべた。


「さて!じゃあ俺、もう部活行くわ」


長瀬が鞄を肩に掛け直して言った。


「おう。俺も行かないとなっ。じゃあなっ」


挨拶を交わして長瀬とはその場で別れ、雅耶は空手部の部室へと足を向けた。





(ありえない…)


冬樹は校舎を出て、門まで続く並木道の手前の植え込みの陰に身をひそめていた。

校門を抜けるまでにも、スカウトの上級生達がウロウロしている。

その中を全てかわして抜けて行くのは難しそうだ。

様々なジャージやユニフォームを着ているが、どの部が自分を追っているかさえ分からない以上は、迂闊うかつに出ては行けない気がした。


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