第51話

「い…一本背負い…?」


一人の男が、驚いたように呟いた。

その言葉に我に返ったゴツイ男が、


「まっ…待ちやがれっ!!」


仰向けから立ち上がり、慌てて冬樹を追おうとするが、その瞬間。


「こらっ!お前達、こんな所で何してるっ?もう予鈴は鳴ってるぞ!!」


教師らしき人物が、体育館の脇から顔を出した。


「やべぇっ、溝呂木みぞろぎだっ」

「チッ…行くぞっ!!」


カツアゲ三人組は、慌てて顔を隠すようにその場から走り去って行った。


「………」


自分を追い越して校舎の方へ戻って行く上級生達を見送りながら、冬樹はいささか神妙な面持ちで歩いていた。

前には、先程彼らが『溝呂木』と呼んでいた男性教師がこちらを向いて待ち構えている。


「お前…一年か?クラスと名前は?」


そう聞かれて「ヤバイ…」と思いつつも、教師相手では仕方なく、素直に答える。


「A組。…野崎、です」


すると、その若い男性教師は突然破顔すると、


「野崎…。お前、スゴイな!!見事な一本背負いだったぞ」


そう言って笑った。


(は…?)


てっきり怒られて、名前をチェックされたのだと思っていた冬樹は、呆気にとられてしまう。


「いやー、実はその前から見てたんだが…お前、見かけによらずやるなぁ!空手の心得とかもあんのか?」


(教師のくせに、そんなに前から傍観ぼうかんしてたんかっ!?)


思わず心の中で突っ込みを入れずにはいられない冬樹だった。

だが、内心でそんなツッコミを入れられているとは露知らず、きょとんとしてこちらを見上げている冬樹を見て、溝呂木はにっこりと笑い掛けると、


「でも、空手なんかじゃなくって…お前、柔道部入らないか?」


ちゃっかり部活のスカウト話を持ち込むのだった。




結局その後、授業の始まりを伝える本鈴が鳴ってしまい、若干慌てた様子を見せた冬樹を、溝呂木は自分が引き留めたせいもあるからと教室まで送ってくれた。

『教室が分からず迷っていた生徒』として、きちんと次の授業の教師に話までつけてくれたのだ。

それは、あまりに『格好悪い』以外の何者でもなく。

冬樹的にはいい迷惑ではあったが、実際に体育館裏からこの教室までの道のりに不安があったのは事実なので、しとすることにした。


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