第50話

「…せ…」



小さな冬樹の呟きに。


「…あ?」


ゴツイ男が聞き返したその瞬間。


「離せって言ったんだっ!」


そう言って、顎に掛けた男の手を素早く裏拳で払った。


「っ!!」

「っな!!」

「ッ!このガキッ!!」


咄嗟に後ろの二人が掴み掛ってくるのを、瞬時に一人には肘打ちを食らわし、一人には足払いを掛けて回避する。

それはまるで舞うように軽やかで、無駄のない動きだった。

再び、ゴツイ男と直立で対峙している状態に戻った時には、後方の二人は痛みに呻き、地に膝と尻餅を付いた状態だった。


「へっ…やってくれるじゃねぇか…」


ゴツイ男が払われた右手をさすりながら笑う。


「生意気だけど気に入ったぜ。お前、俺らの仲間になんねぇか?」

「…断る」

「そうしたら、お前を―…」

「断るって言ってるだろ?オレは、群れにならないと何も出来ない奴らとか大っ嫌いなんだ。寄ってたかって弱い者イジメとか、カツアゲやって悪ぶってるとか…最低な人間のやることだ」

「…何ィ?言わせておけば…っ」


その時。


キーンコーンカーンコーン…


昼休みの終了5分前を知らせる予鈴が鳴り響いた。


(そろそろ戻らないとまずいな…)


自分の教室は、此処からだとかなり距離がある筈だ。

面倒だけど、サボる訳にはいかない。


「………」


戻るのが当然のことのように、冬樹は男に背を向けると校舎の方へと足を進めようとした。


「おいっ!待てよっ!!話しはまだ…」


咄嗟にゴツイ男が冬樹の肩を掴むのと、今まで地にひざまずいていた二人が、この場から逃がすまいと冬樹に向かって反応したのは、ほぼ同時だった。

だが、次の瞬間。


「っ!?」


ゴツイ男の身体は宙を舞い。

ドサッ…という音とともに、気付いたら地に仰向けに倒れていた。


「???」


何が起こったか分かっていないゴツイ男と、うっかりそれに巻き込まれそうになり、慌てて避けて固まっている二人を尻目に。冬樹は何事もなかったかのように、校舎に向かってゆっくりと歩き始めた。


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