第38話

数日後。


春の柔らかな日差しの下、冬樹は真新しい制服に身を包み、混雑した通勤電車に揺られていた。


今日は、冬樹が通うことになる高校『私立成蘭せいらん高等学校』の入学式。

成蘭高校は、冬樹が住んでいる最寄駅から5つ先の駅を下車、徒歩10分程の所にある。

通学時間は40分程度だが、電車通学が初めての冬樹は、電車内でのあまりの人の多さに無駄に神経を使い、改札をくぐる頃には若干疲れを見せていた。


だが、学校に近付くにつれ、同じ制服の生徒が周囲に目立つようになり、徐々に緊張感が増してくる。


成蘭高校の制服は、チャコールグレーのブレザーに、左胸ポケットには学校オリジナルのエンブレムワッペン。ワイシャツに濃エンジベースのライン入りネクタイ。そして、グレー系チェックのスラックスといった、いかにも私立らしい近年人気のデザインだ。

人気の制服デザインに特に興味はない冬樹だったが、その他ブレザーの下にスクールセーターやベストを着ることも可能で、その自由さに関しては、ある意味有難い仕様だと思っていた。


(それにしても…見事なまでに男ばっかりだな…)


校門の前で立ち止まると、冬樹は周囲を見渡した。

続々と登校してくる冬樹と同じ新入生をはじめ、受付や案内をしている多くの上級生達も全て男子生徒だ。

だが、それは当然の事であった。

ここ、成蘭高等学校は男子校なのだから。


(自分で決めたんだ。今更迷いも何もない…)


冬樹は軽く深呼吸をすると、その敷地へと足を踏み入れた。



新入生は、昇降口前に大きく掲示してある名簿でクラスを確認後、教室へ向かうとのことだった。

沢山の生徒が群がっているその場所へ、仕方なく冬樹も足を向けたその時だった。


「あれっ?冬樹…?」


突然、後ろから声が掛かった。


「………?」


思わず足を止めて振り返る。

…が、こんな所で誰かに声を掛けられるとは思っていなかった冬樹は、心底驚いていた。

第一、自分を『冬樹』と名前で呼ぶ者など思い浮かばないのだから。


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