第35話
(え…?)
振り返った人物は、二十代前半…といったところだろうか。
落ち着いた茶色の髪をふんわりと横に流した、柔らかい印象の人物で、冬樹からすれば自分とは違う『大人の男の人』以外の何者でもなかった。
カジュアルなシャツにループタイ。Vネックのニットにスラックス。
それらをお洒落に着こなす雰囲気は、社会人というよりはどこか大学生っぽい。
冬樹は、目の前の人物を自分の記憶の中から探そうと試みるが、なかなかそれらしい人物は出てこなかった。
(…だれ…?何処かで会った…?)
内心で混乱する冬樹を知ってか知らずか、目の前の人物は優しく微笑むと言葉を続けた。
「大きくなったなぁ。でも、お前だとすぐに分かったよ。あまり変わってないな…」
そう言って、悪戯っぽく笑った。
(…え?大きくなった…???)
ますます混乱は大きくなる。
「でも、知らなかったよ。お前がこの町に戻ってたなんて…。みんな心配してたんだぞ。お前…道場にも顔出さずに、だまって行ってしまったから…」
(あっ!もしかして…?)
『道場』という言葉にハッとする。
「
今頃分かったのか?…と、突っ込まれるかな?とも思ったが、直純先生は、気を悪くする風でもなくにっこりと笑うと、
「そう」
と言って、頷いてくれた。
直純先生こと…中山直純は、空手道場の息子だ。
冬樹達が通っていた頃、まだ彼は高校生の身でありながら、既に実力ある有段者で、子ども達にもよく稽古をつけてくれていた。
怒らせれば怖いのだが、普段はとても優しい先生で、子ども達の目線になって教えてくれるので人気もあり、直純の周りはいつでも子供たちで溢れていた。
兄の冬樹も…入れ替わって通っていた夏樹も、二人とも大好きな先生だった。
だが、昔は短髪で、思いっきり体育会系な雰囲気だったので、目の前にいる人物とはあまりにも違い過ぎて全然分からなかった。
「元気だったか?」
「あ…はい…」
昔と変わらない優しい瞳を向けてくる直純に、冬樹は思わず素になって応えていた。
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