第22話

部屋の片隅で泣きべそをかいている夏樹の様子を見兼ねて、冬樹はこっそりと声を掛けた。


「そんなにカラテやりたい?なっちゃん…」


優しく微笑みを浮かべて聞いてくる冬樹に。

夏樹は涙を浮かべながら素直に、


「うん…」


と、頷くと。

冬樹も「わかった」…と、言うように小さく頷いた。

そして、人差し指を唇に当てて「しーっ」と言いながら、一度後ろを振り返り母親が近くに居ないことを確認すると、小さな声で言葉を続けた。


「じゃあさ、いつもみたいに入れかわって、代わりばんこにいこうかっ」


楽しいイタズラを思いついた時のように冬樹は笑顔を見せると、小さくウインクをひとつする。


「でも…ふゆちゃん…」

「そのかわり…その日やったことは、おたがいに教え合うんだよっ。いっしょに見に行っても良いし。ねっ?」


夏樹の頭を優しく撫でながら、慰めるように言った。


「うん…。ありがとう、ふゆちゃん…」


ふゆちゃんは、いつだってやさしくて

なつきに、たくさんの元気をくれる。


だいすきな…

たいせつな――…




夏樹の頭の中には、そんな冬樹の笑顔ばかりが浮かんでは消えていく。




(ふゆちゃん!!)


必死に走っているのに。

家までのいつもの距離が、随分と長く感じた。







冬樹は、ある小さなアパートに辿り着くと、ゆっくりとその横に設置されている階段を上りはじめた。

205号室と書かれている扉の前で立ち止まると、ジーンズのポケットから鍵を取り出し、解錠して中へと入る。


独りの空間。


それだけで、肩の力が抜けていく感じがする。


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