第21話

「冬樹くんっ」


何故か冬樹の名を呼んで、血相を変えて走り寄ってくる母に。


「あれーっ?おかあさん?どーしたの?」


雅耶は、特に気にしてもいないのか、明るい能天気な声を上げた。

だが、雅耶の母親は、息を切らしながら驚きの言葉を続けた。


「大変なのよっ。今、連絡があって…。夏樹ちゃんとご両親の乗った…車が…」


冬樹は、我が耳を疑った。



崖から海へ転落!?


「う…そ…」


(おとうさんたちが!?)



冬樹は、走り出していた。


「あッ待って!!冬樹くんっ!!」


雅耶の母の制止の声も耳には入らない。



(うそ!!うそだっ!!)


信じたくない。


(おとうさん!おかあさんっ!)


はあはあ…と、息を切らしながらも必死に家までの道のりを駆けていく。



それに…

それに、その夏樹は!!



信じたくないのに。

信じてなんかいないのに、知らず涙が零れそうになって、冬樹は全速力で走りながら手の甲で涙をぬぐった。




冬樹の頭の中を、過去の出来事がフラッシュバックする。



「え?カラテ?」


家で、冬樹と夏樹二人で遊んでいた時のこと。

『空手を習ってみない?』…という、母からの突然の聞き慣れない言葉に、冬樹は不思議そうに聞き返した。


「そう、空手。お隣の雅耶くんも習いに行くそうよ」

「まさやも?」


仲良しのまさやの名前が出て、冬樹は興味が湧いたようだった。


「じゃあ行きたいなっ」


それを傍で聞いていた夏樹も興味が湧いたのは同じだった。


「えーっ!なつきも行きたいよう、おかあさんっ」

「えーっ?なっちゃんはダメよ、女の子なんだから…。今よりお転婆になったら困るもの」


笑ってかわされてしまう。


「えーっ!行きたいよーっ」

「だーめっ」

「えーっ!」


結局、母は首を縦には振ってくれなかった。


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