第1章・穢れなき想い 5ー①

メラルダは外へ通じる大窓から出て、人目から逃れた途端、アンソニーの手を引き、バルコニーから階段を降りる。

その下に広がる庭の木々は、一枝の乱れもなく丸く剪定され、一流の庭師によって美しく手入れはされていたが、メラルダの好むものではなかった。


「こんなにも手入れがされているというのに、この庭の木々や花達は、人間の醜さを嫌という程に見せられているのかと思うと、とても可哀想」


「庭の木にまで、温情を掛けられますか。流石、慈愛の伯爵夫人」


「そんなものではないのよ。ここだけではないけれど、近頃の王族や貴族達は自制心を失ってしまったわ。淫らな集いに明け暮れて、溺れてしまっている」


それは、主にここでマリウス公爵や、ガストン男爵が催す宴の事であると察していた。

二人は背後にジュリアスの威光があるのを良い事に、仮面舞踏会という名の乱行パーティーを頻繁に開催していて、そこでは紳士淑女達が仮面を着け、欲望に身を任せる。

日頃の鬱憤を晴らすように、夫や妻、また婚約者の存在を忘れて、性の宴に耽溺していた。


「この乱れた宴を、どうしてザンジバル陛下はお咎めにならないのかしら」


「あの方の興味は、自らの御代と、ジュリアス殿下の御子の事しかないですから」


「ジュリアス殿下の時代になろうとも、この悪政は正されないという事ね」


メラルダは、木陰のベンチに腰掛けようとし、立ち止まる。

アンソニーはまるで判っていたかのようにして胸元からハンカチを取り出し、そのベンチに引いた。

その上に、メラルダは優雅に腰掛けた。


「紳士ですこと」


「貴女に躾られましたから。かれこれ、もう三年」


「出会った頃の貴方は、まだ少女のように可愛かったわ」


アンソニーが十歳の頃に騎士団の養成学校へ入学して五年後。

週末に自らが帰る家はジルの邸宅だったが、いつしかそれを申し訳なく思うようになり。

その頃に出会ったメラルダの家に泊まるようになった。


メラルダは主人を亡くし、自らの生き甲斐として、慈善事業に尽くしていた。

それはきらびやかな宮廷のみならず、修道院や寺院、孤児院などにも赴くとあって、庶民からも聖母のように慕われていた。

そうした道中にアンソニーと出会い、まるで捨てられた仔犬を拾うようにして自らの屋敷へと連れ帰った。


「ジル・サンダー様と貴方は、本当の兄弟のようね」


「兄弟以上ですよ」


「それじゃ、恋人以上なのかしら」


「当然です」


「この子ったら。素で私をやきもきさせるのね。困った子だこと」


メラルダは、アンソニーの顎を捉え、その唇へとキスをした。

それは、何度も何度も繰り返すうちにどんどんと深いものになり、やがてアンソニーの淫らな手が、メラルダの体を高めようと這い回る。

そのあまりの熱烈なる愛撫の手から、メラルダは体を捩り、逃れた。


「あんなにも、さっきまでここでの悪行を叱責していたのに、私達がここでこんな風にすべきではなかったわね」


「俺達は、夫も妻も婚約者も恋人もいませんよ。だから、罪にはなりません」


「……そう、ね。私達には、そんなしがらみはないものね」


メラルダは、その藍色の瞳を静かに伏せる。

先程まで、あんなにも甘く燃え上がった体から、一気にその熱が引くようにして冷静になった。

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