第1章・穢れなき想い 4ー③

「ちょっと、よろしいかしら?」


ジルとアンソニーが振り返ると、そこには一際華やかな女性が、扇子を口に当てて立っていた。

右下目尻の泣き黒子が、艶かしい。

褐色の柔なか髪を結い、その細腰を縛り上げ、腰から下が大きく膨らんだ真珠色のレースをふんだんにあしらったドレスは、派手さこそなかったが、円熟した女の色気を滲ませていた。

包み込まれた胸は、高く盛り上がって零れ落ちそうだ。


彼女こそ、宮廷の華と吟われるメラルダ伯爵夫人だと察して、ジルは胸に手を当てて頭を下げ、アンソニーが引き留める間もなく、レオナルドの元へと戻った。

その素早さには、メラルダも目を剥いて驚いていた。


「流石、一流の戦士だけあるわね。所作が美しいわ」


「ジルは、昔から何をしても美しかったですよ。剣を持たせても、ナイフやフォークを持たせてもね」


「あら、大絶賛ね」


「俺の自慢の親友ですから」


「まるで『自慢の恋人ですから』って言ったように聞こえたわ。全クロフォード王国の女性を虜にする白銀の騎士は、死神騎士に夢中ね」


メラルダの楽しげな物言いに、アンソニーも否定しなかった。

ジルの美しさは、女のものとは違うが、そんな性別とは無関係な崇高さがある。

身体だけでなく、精神は澄んだ湖底まで見える湖のように清らかだ。


そう考えて、アンソニーは苦笑する。

それを熱く語り出せば、またメラルダに呆れられるだろうと思い、アンソニーはその口に肯定の笑みだけを浮かべた。


「あら?否定しないのね」


「確かに俺は、ジルの剣の腕前にも、その精神の清らかさにも夢中ですから」


クロフォード国は、国民の意識レベルが高かい。

個々のモラルも徹底して教育がなされていて、極めて犯罪も少ない。

年の差婚や、同性婚なども認められており、その考え方は自由主義的である。


むしろ未だに同性婚への躊躇いがあるのは、平民よりも世継ぎや後継ぎに拘る貴族、王族の方だった。

故に、アンソニーがジルを恋人のように褒めるのには、貴族としてのプライドが高く、『自分こそアンソニーの恋人である』と自負するメラルダにとってみれば、気分の良いものではない。


「アンソニー、外でお話しましょう」


メラルダは優雅にドレスの裾を翻し、自然な仕草でアンソニーをバルコニーへと誘った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る