第1章・穢れなき想い 4ー②

「エリザベス様。ジュリアス殿下は紳士でいらっしゃいますよ。どうか、お心をお預け下さい」


「アンソニー、……でも……わたくし……」


エリザベスが拒絶の言葉を口にしようとした瞬間、ガストンは顔を青ざめ、後退りした。

エリザベスの背後から、第二王子のレオナルドが、ジルを引き連れて現れた。


武術に長けた戦士の集まる黒鷹騎士団の『死神騎士』と言われた騎士であり、更には父親は冷酷なる名将レイ・サンダーである。

その場の人間が、皆、潮が引くようにして下がっていった。


「兄上、この度はご婚約おめでとうございます」


レオナルドがジュリアスに話し掛ける。

ジルは、さっきまで息巻いていたガストンへ視線を向けると、まるで戦場で合間見えた敵を見るかのように威嚇した。

それにはガストンも喉をひきつらせて縮み上がり、ジュリアスの背後へと逃げ込んだ。


柔らかな笑みを浮かべたレオナルドが、エリザベスの手を引いてジュリアスの元へと連れていく。

この場では、自分に年の近いレオナルドに安堵したのか、エリザベスもそれに従った。


これだけ警備を徹底した、王子の婚約者の御披露目の場で、攻め込む暴漢はいないだろうと、アンソニーもエリザベスから離れる。

このまま付いて行けば、またガストンに何を言われるか分からないという煩わしさもあった。

アンソニーは束の間の休息であるかのように、ジルの傍でホッと息を吐いた。


「レオナルドに助けられたな」


「ガストンとかいうあの男爵。腹立たしい男だな。俺がお前なら、この場で決闘を申し込んで、叩き斬ってやるものを」


「俺の代わりに怒ってくれるのか」


「お前が女ったらしなのは事実だが、ウラナリではない。お前の剣の腕前は、俺が誰よりもよく知っている」


「お前のその言葉だけで、俺は救われるよ」


「腹が立たないのか?!」


「あんな殿下の腰巾着なんかには、腹も立たないよ。どれだけ吠えられたって気にもならない」


「お前は俺よりも熱い男だが、権力にだけは妙に冷めているな」


「俺の中で何よりも大切なものがある。それを上回るものなんかないから」


親友ジルへの友情を貫き、またエリザベスを護る事は、アンソニー自らの生き甲斐であった。

この矜持を守り抜く為ならば、自らへの蔑視など取るに足らない。

だからこそ、ここまで理不尽な扱いにも耐え、生きて来られた。


「だが、さしもの俺もお前が馬鹿にされたとあっては、平然を装ってはいられないだろうな」


「白百合騎士団に守られるとは、俺も貴族令嬢になれた気分になる」


「何なら、ファーストダンスは俺とダンスを踊るか?『死神騎士』と呼ばれた英雄のお前と踊れば、俺にも箔が付くだろう」


「男同士で踊ってどうする。お前の優男伝説に『老若男女、選り好みしない物好き』という悪評が課せられるだけだぞ」


「流石に男には勃たないかな」


どんな噂も気にならないというアンソニーの豪胆さこそ、権力者たる資質であると、ジルは思った。

この男が、権力を持たないのが本当に悔やまれる。

せめてレオナルドに付き、もしも今後レオナルドの時代が訪れたとしたら、アンソニーの才覚は存分に発揮されるだろう。

ジルは、友の肩を力強く掴んで、改めて誓った。


「俺はお前を、このままで終わらせるつもりはない」


「ジル……」


こうしたジルの権力をも恐れぬ忠誠心は、両刃の刃であった。

この身を呈する『死神』の献身こそ、後に己の身を滅ぼす事となる。

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