第1章・穢れなき想い 4ー①
世継ぎとなるジュリアスと、グラッツォ宰相の娘エリザベスの、いわゆる『見合い』となる場が、春の宴として設定された。
それには、極々近しい王族や貴族の少数が集まり、ザンジバル王の世がまだ続くと知らしめるものでもあった。
今から傀儡の王となると言われたも同然のジュリアスにも、苛立ちがない訳でもなかったが、あの傲慢なる父に立ち向かう程の智力も体力もない。
ジュリアスは見た目だけは、クロフォード王国の王に相応しい麗しさだった。
長く伸ばされた金髪は緩やかなウェーブで肩甲骨まで下がり、青白いまでの肌の白さは、更にジュリアスの弱さを際立たせているようであり。
その顔立ちは母に似て、女性ならば絶世の美女と吟われたであろう美貌ではあったが、その線の細さや体の肉付きの悪さから、神経質な印象を与えた。
そうしてジュリアスに引き合わされたエリザベスは、目の前にいる美女にしか見えない男が『自分の夫となる』と言われてもピンと来なかったのか、護衛を務めるアンソニーの背後へと隠れてしまう。
それには、当のジュリアスも片眉を吊り上げた。
「私の花嫁となる姫は、えらくお前に懐いているようだが」
「ジュリアス殿下。エリザベス様は、まだ幼くていらっしゃいます。社交界デビューもされてらっしゃいませんので、人慣れしておられないのです。どうかご容赦を」
「よもや、私の妃になる者にまで、手を出そうというのではあるまいな?お前の手の早さは聞き及んでいるぞ」
「滅相もございません。……エリザベス様、この方が、貴女様の婚約者のジュリアス殿下でございますよ」
アンソニーがエリザベスをジュリアスの前に引き出そうとしても、エリザベスは首を振って頑なにその背後へしがみ付き、離れようとはしなかった。
その姿を見て、ジュリアスの親衛隊であるガストン男爵が、息を巻いて前へと歩み出た。
ゴツゴツとした荒削りの顔は男らしく、彫りが深いと言えば聞こえは良いが、張り出した小鼻や、割れた顎は品のない威圧感を増すものでしかなく。
貴族風に結われたダークブラウンの巻き髪は、妙に野暮ったく見えた。
「ジュリアス殿下のお妃となられるエリザベス様を、こうも手懐けるとは、流石、クロフォード王国一の女ったらしだな!お前と下町の下婢た女達の艶聞は、この麗しい宮廷にも届いておるぞ!」
「ガストン男爵。ここは、ザンジバル王の御膝元だぞ。下品な言葉は、慎まれた方が良い」
然り気無く、その物言いを窘めるアンソニーに、ガストンはカッとなって突っ掛かった。
「偉そうにするな!この庶民が!お前のような者がここにいられるのは、白百合の騎士であるというだけに他ならないのだからな!このウラナリが!」
半分は王の血を引いているアンソニーに対して、ガストンがここまでの口答えをするのを許されているのは、王自ら「アンソニーは、自らの子ではない」と公言しているからだ。
ザンジバル王もジュリアス王子も、この光景を見てはいるが、ガストンを咎めようとはしなかった。
虎の威を借る狐であるガストンは、自らはアンソニーより上の身分であり、ジュリアスの右腕であると皆に知らしめ、ご満悦だった。
女ったらし、ウラナリと貶められ、流石にアンソニーも「今この場で、一太刀で息の根を止めてくれようか」と心の中で呟く。
何の鍛練もしてきてはいないガストンが、白百合騎士団の中でも随一の腕前であるアンソニーに太刀打ち出来る筈もない。
だが、アンソニーは幼い頃から場を静める方法だけは熟知していたし、愛人であるメラルダ伯爵夫人にも、そのあしらい方を学んでいた。
直ぐ様、エリザベスの前に跪き、その小さな手を取って頭を垂れた。
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