第1章・穢れなき想い 3ー③

エリザベスとの顔見せを終え、その帰りを見送った後、アンソニーは久方ぶりに従兄弟となるマリウスに会った。

マリウスは、まるでアンソニーが一人になるのを待ち構えていたかのように、廊下で腕を組み、壁に凭れ掛かっていた。

その翠の瞳は蔑みと苛立ちに満ち、暗く濁っている。

 艷やかな長い金髪こそ美しいが、つり上がった細い眉や情に薄そうな三白眼、ひん曲がった口元には上品さの欠片もない。


マリウスにしてみれば、アンソニーを従兄弟だとは思ってはいない。

自分は王弟の子であり、由緒正しいクロフォード王族の血統であると自負して止まないそのプライドから、アンソニーは下劣な血の混じった婚外子でしかないと蔑んでいた。

幼い頃から、どうにかして恥をかかせてやろうと、躍起になっていた。


アンソニーがそれには動じもせずにいるのが腹立たしかったのか、会う度にむきになって嫌がらせをする。

庶民からは人気のない自分と対称的に、皇国民からアンソニーこそ王に相応しいと崇められているのもまた、憎しみの要因でもあった。


「久しぶりだなぁ、アンソニー」


「お久しぶりでございます。マリウス様」


「ジュリアス殿下の女へ無理矢理に付かされて、召し使いのように扱われて悔しくはないのか?」


「俺は、庶民の騎士ですよ。陛下に命ぜられたなら、従うまでです」


「この度は、侯爵の地位も戴いたんだろうが、犬畜生のくせに」


「名ばかりの侯爵です。エリザベス様をお守りするのに、立場があった方が公の場に出やすいという程度のものです」


「そのお姫様に気に入られたからといって、お前の糞で宮廷を汚すなよ。この人気取りのクズが!」


マリウスは、アンソニーの胸元へ唾を吐き捨てて去って行った。

どちらがクズだというのか。

国民からの血税を遊興費として湯水の如く使い、またそれが尽きる事のないものだと信じきっている。

この先、父王のザンジバルが亡くなり、グラッツォ宰相が身を引けば、マリウスは病弱な兄を盾に、更に幅を利かせるようになるだろう。


実質は、サイランス帝国とまだ戦時中であるという緊迫感は、マリウスにはない。

この国の権力には興味はないが、マリウスだけは王位に近付けてはならない。

そうは思っていても、地位も権力もないアンソニーに、それを排除する手立ては何もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る