第1章・穢れなき想い 3ー②

ジルが戦のない間、黒鷹騎士団としては異例ではあるが、第二王子のレオナルドの護衛に付くという噂は、瞬く間に広まり。

また時を同じくして、これまでは特定した相手に付いていなかったアンソニーの身の置き所も決まった。


ザンジバル王は息子ジュリアスに、宰相の娘であるエリザベス公爵令嬢を娶らせると発表した。

エリザベスが成人する五年後に式を挙げると確約し、その護衛にアンソニーを付けたのである。

それはまた、ザンジバル王がどれだけ身を粉にして王家に仕えるつもりであるか、アンソニーに試したとも言えた。

王子としての権利を取り上げられても尚、腹違いの兄の妻になる女性を身を呈して護衛するというのは、「自分は王家の下僕である」と進言しているようなものだった。


アンソニーの前に現れた少女は、人形のように愛らしい娘だった。

アッシュブラウンの髪の毛を、蝶の羽ように結い、その細く小さな肩は、雪のように白く儚い。

大きな水色の瞳は好奇心を隠せずに、キラキラと輝いている。


仕草だけは大人の女性のようにたおやかで、貴婦人さながらドレスを摘まんで軽く会釈する。

エリザベスは、愛らしい笑顔を浮かべながら、小首を傾げた。


「はじめまして、王子様。わたくしは、エリザベス・グラッツォと申します」


「エリザベス様。私は、王子ではありません。貴女に仕える騎士ですよ。頭など下げてはなりません」


「でも、こんなにも美しい方が王子様でない筈がないわ。わたくしを子供だと思って、からかっておられるのね?」


「エリザベス様……」


「人前では言わないわ。わたくしといる間だけよ。……駄目?」


エリザベスはその小さな拳を口に当てて、小首を傾げる。

その愛らしい仕草に、アンソニーは胸がときめいた。

今まで、アンソニーの周りにいた女達は、熟練した恋の手管で翻弄しようとする大人の女ばかりだった。


こんなにも小さく、清らかで儚げな少女を見た事がない。

触れれば消えてしまいそうな、妖精のような乙女。

頬をピンク色に上気させ、見つめてくる水色の瞳には抗えない。

アンソニーはその足元へと跪き、エリザベスの手を取って、その甲へと口付けた。


「御心のままに。エリザベス様。貴女は、私の唯一の姫です」


「私と貴方だけの時は、エリザベスと呼んで頂戴。わたくしのアンソニー」


エリザベスはアンソニーを立たせ、自身を一人前のレディとして扱うようにと命じた。


「わたくしは、あと何年したら貴方と結婚出来るの?わたくしが大人になるまで、もう少し待っていてね。他の女性を見たりしては嫌よ」


エリザベスはまだ子供だったので、次代の王と結婚の約束をしているとは理解してはいなかった。

目の前に現れた美しい騎士が、自分の婚約者だと思い込んでいる。


アンソニーは、その無邪気な姿を痛わしく思った。

こんな小さな子供まで、権力の為の約束手形として使われる。

次代までも、ザンジバル王とグラッツォ宰相の時代であると、確約する為の道具として。


せめて、自分が傍にいる間はエリザベスの好きにさせてやろう。

少女に、少女らしい夢を見させてやろう。

そうして、アンソニーはエリザベスの手を取ってしまった。

それは苦難へ導く魔の手だとも知らずに。

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