第1章・穢れなき想い 3ー①

ジルが初陣を飾り、凱旋した後は、敵国サイランス帝国も尻込みしたか、戦を仕掛けて来る事がなくなった。

我欲の塊であるサイランス帝国がこれで諦めたとは思えなかったが、その一時的な休息に黒鷹騎士団の皆は、久しぶりに羽を休めていた。


だが、勝利へと導いた英雄である当のジルは、その休日も返上し、王宮へと訪れる。

フォンデンバーグの中心にある、一つの街のように城が建ち並ぶ宮殿は、王族達が暮らし、貴族達も集う雅な場所だ。


その一番北側にある城に、第二王子のレオナルドが住んでいた。

まだ十歳というわりには、レオナルドは達観した子供だった。

クロフォード王族特有のきらびやかな金髪は、権力の象徴である筈であるのに、王族としては珍しく短く切り揃え。

翠の大きな瞳は、その清廉さを表し、澄んで澱みなかった。


「レオナルド殿下、お久しぶりでございます」


「畏まらないでくれ、ジル・サンダー。貴方は、僕の兄であるアンソニーの親友だよ。僕にとっても兄のような存在なんだ。昔のようにレオと呼んでくれ」


「ありがとうございます。そのお気持ちだけで」


「相変わらず堅物だなぁ。あちこちで浮き名を流す兄上とは真逆だ」


「あれは、軽薄なふりをしているだけですよ。本来は俺と同じ、生粋の騎士ですから」


「そうだね。それも分かっているよ」


父であるザンジバル王に、有能な男であるとは思われない方が良い。

使いがっての良い手駒アンソニーが反旗を翻すなどというシナリオは、勇猛王ザンジバルの望むものではないのは、レオナルドも分かっていた。


「今日、ジルを呼んだのは他でもない。この国にいる間は、可能な限り僕に付いて貰えないだろうか」


「レオナルド殿下に、ですか?」


「実は最近、僕は誰かに狙われているようなんだ」


レオナルドを狙う人間など、限られている。

ジュリアスを次代の王と崇める派閥か、そのジュリアスのおこぼれを貰おうと画策するマリウスか。

ジュリアスは体も精神も弱く、自らの周りを媚びる王族貴族で固めていた。


特にお気に入りであるガストン男爵は、爵位としては低いが、「我こそはジュリアス殿下の片腕である」と息巻いて、宮廷にのさばっている。

それには、マリウス公も賛同しているのか、二人が開催する宴は、品のない場末のダンスパーティーのように、低俗な男女が入り乱れているという。


「今までは、アンソニーにその矛先が向いていたんだけど、アンソニーは権力に興味がないし、のらりくらりとしているだろう?そうなると、弟の僕にそれが向いて来てね」


「レオナルド殿下の聡明さに、恐怖を感じ始めたのでしょう」


「そこで、黒鷹騎士団の若き英雄、ジル・サンダーが僕に付いたとあれば、箔が付くと思うんだ。利用するようで悪いんだけど」


「いえ、そういう事でしたら、俺からも喜んで、レオナルド殿下に付かせて頂きます」


「ありがとう、ジル」


将軍レイ・サンダーの長子であるジルが味方に付いたとあっては、そうそう小者は手を出せない。

ジルもまた、アンソニーが可愛がるレオナルドを護るのは、有意義ではあった。

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